豆香房 代表取締役 田村保之社長
“コーヒー豆本来の旨みにこだわって”
朝コーヒーを飲まないと眼が覚めないという人、会社での飲み物はもっぱらコーヒーという人、食後はコーヒーを飲まないと落ち着かないという人、さまざまなコーヒー好きが多いと思いますが、神田のコーヒー好きサラリーマンの強い味方が、今回お邪魔した豆香房(まめこうぼう)です。豆香房は珈琲日本百名店に選ばれたお店です。
神田神保町店のすぐ近くにある本部に田村保之社長をお訪ねし、インタビューのスタートです。
1981年のピーク時には15万店あった喫茶店ですが、最近は随分減少し全国に8万店ほど。確かに昔は街中にけっこうあった喫茶店が次々となくなっています。なんだか寂しい気もしますが、セルフスタイルのコーヒーショップ・チェーン店は大幅に増加しています。
社長によれば、コーヒー豆の輸入は増加しているので、日本人のコーヒーの消費量は増えており、生活スタイルの変化に合わせてコーヒーの業界も変化しているのです。確かにサラリーマンが喫茶店で煙草を吸いながら、コーヒーを飲み、無駄なおしゃべりをするというのは、世知辛い現在では大変に珍しい光景となりました。
豆香房の誕生
社長は大手メーカーの広告、宣伝のお手伝いをしていました。仕事としてコーヒーのPRや販売促進を行っている中で、コーヒーの手網での焙煎に興味を持つようになりました。取っ手のついた金製のザルのような手網で生のコーヒー豆を焙煎するのです。
青い生豆が煎られて徐々に茶色になり、我々の知っているコーヒー豆になって行く色の変化が面白かったと社長。市販のものでは味わえないようなとびきり美味しい豆ができる場合もあり、手網焙煎にハマる人は結構いるようです。
しかし社長はここからが普通の趣味人とは違います。手網焙煎が高じて、数百万もする業務用の焙煎機械を買ってしまったのです。ちょうど趣味の高級カメラや自動車を買う人と同じだと勝手に納得してしまったとか。空いていた四畳半の自宅の部屋をつぶして、業務用焙煎機械を設置。業務用焙煎機械ですから、田村家ではコーヒー豆が毎週量産化されることになってしまったのです。毎週末に焙煎するごとにご近所や友人知人に無料で差し上げて感想を聞いていました。
社長は豆の焙煎が楽しいのですからよいのですが、少々迷惑を被ったのはご家族です。土日には焙煎ごとに試飲をさせられるハメに。試飲の時間のために食事の時間が大幅にずれることはしょっちゅうで、ご家族からは相当なブーイングが出たようです。
しかし、社長の焙煎の腕はどんどん向上し、一般に販売しようということなりました。庭にプレハブの工房を建て、土日に社長が焙煎し、平日に夫人が販売を始めました。
この当時、社長はまだ会社に勤めていたのですが、いつか独立をしようと考えていた社長はこの時期に独立を決意。ただし、コーヒー豆の販売ではなく、本業である特殊印刷の会社です。日本経済がバブル前だったこともあり、会社は順調に成長しました。ところがその後にバブル崩壊。印刷の仕事が暇になってきたため、趣味としてやっていたコーヒーショップをスタートさせることにしました。場所は調査の結果、当時コーヒーショップの少なかった目白。コーヒーを飲む席は2~3席はありましたが、基本は豆売りのお店だったそうです。
当初は順調に売上を伸ばしたそうですが、ある時期頭打ちとなりました。
目白という場所と豆売りの店に限界を感じていたちょうどその頃、神田神保町の再開発で義理のお父さんがやっていた飲食店が代替店舗に移らなくてはならなくなっていたため、現在の神保町に豆香房をオープンしたのだそうです。ところが、神保町店のある場所は神保町再開発地区のすぐ隣で、再開発が完成するまではどんづまりの場所となり、全く人通りがなく、オープン当初の3年間はまったく商売にならなかったそうです。しかし2000年に再開発は完成し、豆香房もその後は順調に売上を伸ばして行きました。
その後は2003年に水道橋店、2006年には神田西口店とオープンさせました。各店で社長が毎日豆を焙煎するため、自分の眼が届く範囲しか出店しないというのが、出店方針だそうです。
豆を求めてブラジルへ
社長がこだわるのは、もちろん焙煎だけではありません。豆そのものの選別にも大変に気を使っています。日常的な選別へのこだわりだけでなく、昨年はコーヒー豆の世界最大の産出国であるブラジルまで買い付けに行ってきたそうです。
コーヒー豆の原産地はエチオピアだそうですが、ブラジルは気候、土壌がコーヒー豆の生育によく合い、国土は平地が多く機械化しやすことなどにより、世界のコーヒー豆の35%を産出しているのです。これだけの大生産国なので、コーヒー豆の市場価格もブラジルのコーヒー豆の出来によって大きく変動するのだそうです。
日本からブラジルへは地球の裏側ですので、行くだけで1日半はかかります。ブラジル現地のコーヒー農園はケタ違いに広く、地平線がすべてコーヒー畑という日本では想像のつかないスケールだそうです。農園によってもその品質の違いはさまざまで、実際の農園での木の育成を見て、農園主の話を聞き、試飲をして、買い付けを行うのだそうです。
現地に行くことによって、現地の生産者の考え方、手入れの仕方など直接見ることができ、大変に収穫が多かったと社長。まだまだ社長の探求は続きます。
これで家でもおいしいコーヒーが入れられる
神田西口店では珈琲教室をやっていて、美味しいコーヒーの入れ方を教えてくれるのですが、そのエッセンスを社長にお聞きしました。これはドリップコーヒーの場合です。
① コーヒー豆は酸化が大敵。焙煎してから2週間が限界。家での保存は、密封し日光を避けて冷蔵庫のような冷暗所で保存する。
② コーヒー豆は10gから12g、自分の好みの量を計量する。少々費用は高くつくが、コーヒー豆は粗く挽く方がおいしい。
③ 最初にお湯でコーヒー豆を蒸らす。20秒から30秒。この蒸らしにより、コーヒー豆の繊維がほぐれる。繊維と繊維の間にコーヒーの旨みがあるので、この蒸らしが非常に重要。
④ 2~3回まんべんなくお湯を注ぐ。その際、表面に溜まったアクが下に落ちないように、タイミングに注意しながらお湯を注ぐこと。最後はアクが落ちる前にサーバーから外す。
この4点を守るだけでも、ご家庭で相当美味しいコーヒーが飲めます。
セルフスタイルのチェーン店の多くが、機械で気圧をかけて抽出するエスプレッソ方式のコーヒーです。強烈な苦みを抑えるために、牛乳を加えたカフェオレやカプチーノといった飲み方が発達しました。肉料理が中心の欧米ではそれがよく料理に合うのですが、魚や野菜の多い日本の食事にはあっさりとした味が合い、また素材の味を楽しむ日本ではドリップ式が好まれてきたのではないかと社長は言います。最近は欧米でも、豆本来の旨みを味わうことのできるドリップ方式が注目されだしているということです。
コーヒー豆本来の旨みと香り。これはまさに社長が追求し続けているものです。これからもいい場所があれば、さらに店舗を増やして行きたいという社長。コーヒー豆本来の旨みを提供してくれるお店がどんどん増えて行くのが楽しみです。