株式会社兵左衛門 代表取締役 浦谷兵剛(うらたにひょうごう)会長
“ちりとてちん”というNHKの朝のドラマを覚えているでしょうか?最初は暗くて引っ込み思案の主人公が大阪に出て来て落語家を目指し、明るく活発になっていく物語ですが、主人公の父や祖父は小浜市の若狭塗箸の職人でした。その若狭塗箸の伝統を守り、さらにそれを発展させて塗箸業界でナンバーワンのブランドを築いているのが株式会社兵左衛門です。
400年の歴史を誇る若狭塗ですが、何度も何度も漆を塗り、途中にアワビの殻、卵の殻、松葉などを入れ、さらに何度も何度も重ねて漆を塗り、研ぐという作業を繰り返して製造するのだそうです。砥いでいくと、埋め込んだものが鮮やかに何とも言えない美しい文様となって出てきます。最初は海底の様子をイメージしたものだったということです。さまざま若狭塗の漆器がありますが、箸は特に有名で、国内産の漆塗りの箸の80%は若狭の塗箸なのだそうです。
兵左衛門のお箸は本物
高価な天然の漆を使い、気の遠くなるような手間をかけて作られる兵左衛門の箸は、紛れもない本物です。と“本物”ということを強調する浦谷会長。
それでは本物でない若狭塗の箸があるのか?という疑問が湧きますが、その答えはYES。さらに一般流通している漆塗りの箸のほとんどが偽物だと浦谷会長は言います。
本物の天然漆は値段も高く、加工もしづらい原材料なのだそうです。だから全部本物を使うと手間がかかって高くなる。ところが、その加工しにくい漆にある重金属を入れるとトロトロになってとても加工しやすい。また漆はもともと褐色ですので顔料を入れるのですが、それにもさまざまな化学物質が入っているのです。浦谷会長は自社で使っていた漆を分析センターに出して分析してみた結果、人間にとって毒である重金属、化学物質が含まれていることが判明したのです。
浦谷会長がこれに気付くきっかけは、ある主婦の一言にありました。三十数年前、ある主婦から“あなたの会社の箸の先で色鉛筆のように字が書けますよ。これって毒じゃないですか?”驚いた浦谷会長は実際に紙に箸をすりつけました。確かに色が紙に移ります。純粋な漆であればそんなことがあるはずではない。衝撃を受けた浦谷会長は、漆業者を呼んだり、組合に確認したり、さらには上記の重金属の分析まで行ったのです。
・昔から誰でもやっているではないか。
・真面目にやればコストが合わない。
・コーティングしてあるから問題ない。
など、これらを告発した浦谷会長は同業者から猛烈な反発を受ける結果になったのです。さんざん嫌がらせを受けた挙句、最後には組合を除名になってしまいました。
このような大変な苦労があったのですが、この事件以来、浦谷会長は一切偽物の材料を使うことを止める決断をしたのです。本物に徹することに決めたわけです。しかし、同業者を敵に回し、箸業界の中で孤立した戦いですので、その苦しさは並大抵ではなかったと思われます。現在、高級な塗り箸といえば兵左衛門というブランドが確立していますが、そのブランドは先代会長と現会長の命をかけた戦いの末に勝ち取ったものであったのです。
先代の美学を受け継いで
兵左衛門の浦谷会長は、野球の名門若狭高校で野球に打ち込み、卒業後も大学や実業団で野球を続けたかったのだそうです。しかし、野球を続けたいということを若狭塗箸の職人であった先代に相談した時、職人であった先代の悲しそうな眼に一瞬涙が光ったのを見て、浦谷会長はやっぱり自分もこの道を進もうと決断したのだそうです。一瞬の出来事だったけれど、将来の自分の姿がその瞬間に見えたと浦谷会長。野球部の友人たちが大学や有名企業に次々と決まって行くのを横目でみながら、箸の流通を勉強するために東京蔵前の雑貨卸の会社で働く決心をしたのです。
先代は言葉数の少ない純粋な職人であり、親分肌でもあったたそうです。当時は職人の組合と商人の組合が、工業組合と商業組合という形で別れていたそうで、職人は作り、商人は売るという区分ができていました。ところが、先代は息子つまり浦谷会長を商人にさせたいと考えており、浦谷会長は職人の息子でありながら、売りに進出した最初の人だったのだそうです。これが原因で組合、大手取引先、仕入業者、内職、金融機関まで巻き込んでの兵左衛門つぶしが始まることになりました。当時高級な箸の販売でたった月商120万円。周りは全員敵といってもいい。しかし、戻ることはできません。
100%の漆、蜜蝋などの自然の素材、本物を使い、製造工程においても妥協を一切なくし、最後に箸を使う最終消費者のファンを一人一人増やしていったのです。その努力の結果、現在のような最高級のブランドと、製販一体のスタイルが確立していったのです。全国の百貨店などでの兵左衛門高級箸のシェアは60%ほどだそうです。
お箸知育教室の目指すもの
本物の素材にこだわった本物の箸を作るだけでなく、箸の正しい持ち方の教育にも力を入れています。
十数年前、出張でアメリカに行き、現地の寿司屋でアメリカ人に囲まれて寿司を食べていた浦谷会長は、その中の日本通であったアメリカ人に突然、“正しい箸の持ち方”を教えて欲しいと言われたのだそうです。もちろん自分では使えるのですが、自分がそれを正確に人に伝えることができないことに気が付き、愕然としたのです。箸の専門家を標榜するものとして、正しい持ち方を伝えられない。顔から火が出そうなぐらい恥ずかしかったと浦谷会長。
それ以来、浦谷会長は食事をするごとに周りの人たちの箸の持ち方が気になって仕方がなくなります。大学の先生の下で正式な作法なども勉強したそうです。そして世の中の乱れと食のマナーに相関関係がありそうだと気が付きはじめました。
そんな中、浦谷会長のご子息がいわゆる非行少年の更生について書いた本を紹介してくれました。そこには、非行少年には明らかな3つの特徴があると書いてあるのです。
・ぞうきんやタオルをしっかり絞れない。
・単語ばかりで、正しい文章が書けない。
そして、最後に
・箸がちゃんと持てない。
“そうか、やっぱりか!”と確信した浦谷会長は早速、兵左衛門の熱烈なファンの一人であった学校の校長先生に、子供たちの食事に関しての状況を聞きに行きました。そしてあることに気が付きます。好きな給食の上位のメニューに、箸を使うものがラーメン以外ないのです。
箸の持ち方を子供たちに教える教室を開くことを校長に提案しました。校長先生もこの提案を快諾して下さったのはいいのですが、なんと200名を対象に3時間コースでやって下さいというのです。箸の話と持ち方の説明だけでは子供たちは3時間我慢できないでしょう。困った浦谷会長は、子供たちに自分だけの箸を作らせるというアイデアを思いついたのです。これが大ヒット。3時間子供たちがものすごい集中力で取り組みました。
現在、兵左衛門にはお箸知育教室専門の文化事業部があり、年間300回以上の教室を、北は北海道、南は沖縄まで様々な学校や団体から呼ばれて開催しています。当初から人件費、運営費などは兵左衛門が負担してきましたが、今後はNPO組織として自立した活動にしようとしているのだそうです。
本物の箸の普及のために
千代田区の東神田にある兵左衛門のショールームに行くと、素材や漆の違いだけでなく、兵左衛門発のさまざまな箸やアイデアが満載です。
①私の周りにも何人もいますが、自分の箸を携帯する“MY箸”ブーム
②毎年20万本も発生する折れた野球のバットを箸に加工し、バットの原材料であるアオダモの木の資源を守ろうという“かっとばし!!”
③毎年8月4日に日枝神社で行われる“箸感謝祭”
④一膳1200万円、ダイヤモンド入りの日本一高い箸
⑤そば、うどん、パスタなど食品別の箸
⑥日本人の男女それぞれの平均身長と同じ長さの巨大なヒノキの箸
などなど。まだまだ紹介しきれませんが、浦谷会長はさまざまなアイデアを発想し、その仕掛け人となって、本物の箸を普及し、箸から日本を変えていこうとされています。
最後に、なぜそんなにさまざまなアイデアがでてくるのですか?とお聞きしました。浦谷会長がズバリ一言、“そりゃ、毎日毎日24時間考えてますからね”。
浦谷会長が毎日毎日考えた結果のエッセンスが、兵左衛門の理念になっているのだと感じました。
・お箸は食べ物。
・偽物は作りません。
・嘘はつきません。
・モノづくりの王道を歩む。
兵左衛門浦谷会長の本物を求めての戦いはまだまだ続きそうです。
◇ 株式会社兵左衛門
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