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株式会社日中旅行社 取締役 米田征馬 会長

中国にこだわって43年legwork_noimage

 安倍政権が誕生し、最初に外遊した国が中国で、日中首脳の交流が実現したニュースを見て、日本で一番ホッとしたのは株式会社日中旅行社のスタッフの皆さんではないでしょうか。前政権では5年間、日本・中国の首脳交流がなかったのです。

 政治と経済は別々とはいえ、中国旅行を主力としている日中旅行社にとって逆風の政治環境であったことは間違いありません。しかも2003年以降、SARSはあるわ、鳥インフルエンザはあるわ、おまけに反日デモまで起きたりして、日中経済取引が沸騰していたとはいえ日中旅行社にとってはとっても苦しい時期だったのです。

日中の道づくりが設立の趣旨

 今回の企業探訪は、戦後の日中交流を支え続けてきた株式会社日中旅行社におじゃまし、米田征馬会長、小野由紀夫常務にこれまでの日中旅行社の貢献とこれからの日中旅行社の展望についてのお話をお聞きしました。

 今から43年前(1964年)、いまだ日中国交正常化が実現する8年前に株式会社日中旅行社は設立されました。終戦後の日本では中国というと台湾のことを指し、中華人民共和国との外交関係はぜんぜんなかったわけです。この状態を憂えた中国の周恩来首相が提唱され、中国日本友好協会の廖承志会長が

 「現在、日中間には道がなく、人的交流により道をつけるために日中双方の努力で旅行社をつくろう」

という提案を行い、社団法人日中友好協会で旅行会社設立の決議を行って生まれたのが株式会社日中旅行社なのです。設立委員長は東本願寺連枝大谷瑩潤師(初代会長)が引き受けられ、これから紹介するように日中国交正常化にむけて日中間の交流の基礎を支えた会社となっていくのです。

 ところが、国交もない国の人事往来を目的とする旅行社の登録は前例がないということで、なかなか登録してもらえない。申請から6ヶ月経過して1965年2 月にやっと登録が完了したのです。現在は年間45,000名以上の取り扱いをしている日中旅行社ですが、設立第1期(6ヶ月間)はたった280名だったそうです。

 このような経緯で設立された日中旅行社ですが、自社だけが先行して利益を得ようなどという発想は全然なく、70年代の後半には、日中の交流には更なる人数の拡大が必要であるという考えのもと、訪中者を増やすために当時中国と業務未提携のJTB、近畿日本ツーリスト、日通など超大手旅行社を中国側に紹介し、 1979年以降の中国旅行の全面開放の先駆けとなり、大量旅客輸送時代の基礎をつくったのです。

天安門事件での危機をバネに

 専門的なサービスや商品を提供すればするほどサービスや商品の品質は高まるのですが、反面、経営環境の変化に弱くなるのは日中旅行社も例外ではありません。1966年からはじまった文化大革命の10年間は日中の人事交流はパッタリ途絶え、1989年の天安門事件ではほとんどの日系企業が中国から引き揚げるという事態になったのです。

 天安門事件はいきなり前触れもない不意打ちだったため、日中両国も、もちろん日中旅行社も大混乱に陥ったわけです。半期で4億円の赤字となり、国内の営業所6カ所と北京事務所は閉鎖、社員も140名から50名に縮小せざるをえない状態に追い込まれたのです。

 しかし、この危機をバネにして日中旅行社の発展が始まります。社員のみなさんも自分たちの処遇を我慢しても赤坂の営業所閉鎖を防いだり、中国以外の地域への取り扱いを始めたりと日中旅行社の大きな転機になったのです。それ以来どんどん成長した日中旅行社はその後、九段に自社ビルを建てるまでになったのです。

圧倒的信頼を強みに新事業

 歴史はこれぐらいにして、日中の旅行手配などの本業以外でこれからの日中旅行社の新しいサービスはなんですか?とお聞きしたところ、 まず一つ目は「ビジネス訪中アレンジメントサービス」です。

 中国商務部(日本の経済産業省みたいな役所)のシンクタンクと提携し、中国でビジネスを展開したい日本の企業に対し優良な中国企業とのマッチングをはじめとしたコンサルティングサービスを提供しています。人脈がなければ何も進まない中国で、このようなマッチングサービスは非常に貴重です。訪中時のアポイントメントや商談・視察のセッティングなども支援してくれます。

 この新事業も中国商務部のシンクタンクとの提携があればこそ展開が可能です。これまでの歴史の積み重ねが高い信頼を生みそれが現在の日中旅行社の強みなのです。

 もうひとつは「中国人に特化した人材派遣サービス」だとのこと。

 株式会社ビッグチャイナ情報システムという子会社が提供しているのですが、日本国内で不足する技術者(特にIT技術者)の需要に対応して、中国で優秀なIT技術者を募集し、会社に派遣をしようという事業です。企業としては、技術者は欲しいけれどいきなり中国へ行って募集するのも不安です。そこで信用ある日中旅行社の子会社が責任を持って選定して派遣してくれるのであれば非常に安心です。中国人の技術者としても、日中旅行社への信頼があってこそ安心して日本にいけるという面があります。これもやはり日中旅行社の強みが生かされています。

 本業の旅行に関しては豪華列車での中国の旅行を現在企画中だそうです。どうやらこれはすごい企画のようですが、企画中ということで詳細は企業秘密です。

 また、最近の中国旅行は昔のような短期間でいろんな観光地を格安で回るということでなく、食事、健康、勉強、趣味など自分の目的を持ってのこだわり旅行というのがニーズだそうです。

 おいしい中華料理を食べてその料理を学んで帰るとか、本場の太極拳をじっくり学ぶとか、中国語を学んで街で実践するとか、歴史的書家の書を見て自分も書を学ぶとか、いずれも余裕がないとできない企画です。日中旅行社でもそのようなニーズを持った団塊の世代を対象としたロングステイのこだわり旅行を企画しているようです。

 また日中旅行社は日本人を中国に運ぶだけでなく、中国人を日本に運ぶことにも貢献しています。中華人民共和国訪日団体観光客受入旅行会社連絡協議会(中連協)というどえらい長い名前の協会がありまして、中国からの旅行者を受け入れることのできる日本の旅行社の団体です。この協会の会長は日中旅行社の米田会長が務めておられます。他の理事の名簿を拝見しましたが、全部日本を代表する旅行会社です。まさに日中交流の要に日中旅行社がいるのです。

 毛沢東の詩選に「梅を詠ず」というのがあり、その中に”叢中に笑まん”という一節があります。日中の厳寒期に梅のごとく他の花に先駆けてつぼみをつけ、現在のような日中関係が百花繚乱の春を迎え、草むらにあってそれを喜びとする”梅”のような日中旅行社の経営理念(菅沼不二男初代社長)は今も脈々と引き継がれ、日中両国間の友好の促進と相互理解という精神的な発展を支えています。そして40年以上にわたる真摯な取り組みが日中双方から圧倒的な信頼につながり、それが他社ではできない日中旅行社の新しいビジネスとして花開こうとしています。

 時代の先を見つめ2006年2月より日中旅行社は業界大手トップツアーグループに参画し、営業・仕入手配の強化を図るとともに、日中旅行社の持つ専門性、トップツアーの持つ全国ネットワークを活かし、日中間のさらなる友好交流・発展のために貢献しようとしています。

 最近はとっても身近になった中国ですが、日中旅行社のような地道で長い活動があって今があるんだなあと感じた企業探訪でした。そしてこれからの日中旅行社の活動に注目していきましょう。今の活動が将来の日中交流活動の歴史となっていくのですから。