株式会社内山書店 代表取締役 内山籬 社長
日本全国に中国の書籍専門の書店は7店あって、そのうちの福岡と京都を除く5店はすべて千代田区内にあるそうです。千代田区は中国専門書店のメッカでもあったのです。その中でもっとも長い歴史を有するのが内山書店です。日中友好の歴史に大きく貢献してきた、内山書店の内山籬(うちやままがき)社長へのインタビューのスタートです。
東京内山書店誕生のドラマ
内山書店のスタートは二つあるといえます。一つは昭和10年に世田谷の祖師谷大蔵に内山籬社長のご両親が始めた東京内山書店。もう一つは、それを遡ること18年前に社長のお父様のお兄さん、つまり伯父さんである内山完造夫妻が中国上海ではじめた上海内山書店です。この上海内山書店が現在の内山書店のもう一つのルーツです。
この内山完造氏は、大正2年に大学目薬の参天堂(現在の参天製薬)の営業マンとして上海に渡航したことにはじまり、美喜夫人の協力もあって上海内山書店を開業、その後激動の日中関係の下で一貫して日中友好に尽力し、日中友好協会設立にあたっては初代理事長を務め、中国近代の文豪魯迅ともっとも深い関係を持つ日本人として、日中友好の歴史に欠くことのできない人物なのです。
さて、中国上海で日本の書籍を売っていた上海内山書店に、東京で美術の教師をしていた社長の父である嘉吉(かきつ)氏が夏休みに遊びに行ったそうです。当時上海内山書店は中国の先鋭的な文学者のサロンのような存在で、その中心の一人が魯迅でした。中国の古典版画とヨーロッパの近代版画に造詣の深かった魯迅は、中国の版画文化が貧弱なことを憂いて、美術教師であった嘉吉氏に版画の勉強会を依頼したのです。そして数日間続いた勉強会。版画の講義以外にもいろいろなことが進んでいたようでして、最終日に嘉吉氏は完造の養女として上海内山書店に暮らしていた松藻女史と結婚。こんなドラマがあったのです(どうやら世話好きの完造氏が仕組んだという話もあったようですが)。当日、魯迅をはじめとした文人たちに囲まれての披露宴が開かれました。そのときの参加者の扇子への寄せ書きが、現在も会社に大事に保管されています。その後嘉吉・松藻夫妻は日本に帰国。完造氏の薦めもあって昭和10年に東京内山書店を開店したのです。
東京内山書店の発展と苦労
上海内山書店が日本の書籍を売っているのと逆に、東京の内山書店は中国の書籍を販売しました。嘉吉・松藻夫妻の努力により事業は順調に発展し、昭和12年お店を当時近くに東京外国語学校のあった神田一ツ橋に移しました。昭和43年には現在の神保町すずらん通りに社屋を新築して移転し現在に至っています。
一方の上海内山書店は終戦ともに閉鎖。昭和22年に内山完造氏は、35年にわたる中国生活に終止符を打ちました。日本に帰ってきてからの内山完造氏は、日本の国民に本当の中国の姿を知ってもらいたいと得意の話術を駆使して“中国漫談全国行脚”を行うなど、日中の関係改善に全国を駆け回りました。昭和24年には日中友好協会の設立にかかわり、初代理事長の任につきました。完造氏は昭和34年に前年からの地方巡回公演の激務がたたって病床に伏し、その後療養のためにと招待された北京で脳溢血を発病、北京協和病院で死去しました。
東京の内山書店はその後も事業を継続し、昭和43年には内山籬現社長が入社します。それまで順調に発展してきた内山書店ですが、この時期は文化大革命の真っ只中。中国ではほとんど新しい書籍は発行されず、輸出も禁止されたため、中国書籍を売りたくても売れない飢饉の状態に陥っていたのです。中国語で「書荒」というのだそうです。研究所や古典の代替品がかろうじて香港で印刷されており、それを輸入して細々と書店を継続していたのだそうです。現在の盛んな日中経済交流からは想像できない時代です。
昭和47年日中国交回復、昭和51年文革終了、昭和53年日中平和友好条約締結ということで、中国語ブームなどもあり、ようやく中国書籍にもにぎやかな時代がやってきたのです。
書籍販売を通じて価値観の相互理解を促進
現在の内山書店は、
① 中国で出版された中国書籍
② 日本で出版された中国関連の書籍
③ 中国の雑誌
④ 中国のCDやDVD
⑤ 中国の工芸品
などを扱う中国に関する専門書店として存在感を示しています。大学の専門研究者にとってだけでなく、中国と取引のあるビジネスマン、中国を訪れる旅行者、中国の勉強している人などにとって、専門書店ならではの情報供給源としてとても貴重な存在です。
最近はインターネットが登場し、日中の人的交流も盛んになり、お客様のほうが情報を豊富に持つ時代、内山書店としてはさらに専門書店としての情報収集と情報提供に努力している最中ですとおっしゃる内山社長。
同じ東アジアの大国としての中国と日本。似ている部分も多いのですが、違う部分もまた多い。経済や貿易などの交流ばかりが注目されますが、両国民が互いの国の実際を“知ること”、“理解すること”が大切で、それにより価値観の相互理解が促進されるとおっしゃる内山社長。書籍の販売を通じてこれらを支えている内山書店の役割は、これからますます大きくなりそうです。