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ハネクトーン早川株式会社 代表取締役 早川明男社長

「繊維の街でスクールネクタイとユニフォーム」legwork_noimage

 今回訪れた岩本町・東神田は、江戸時代以来の由緒ある繊維の町として有名です。現在でも繊維関連の問屋が数多くあり、春と秋には街をあげての大イベント“ファミリーバザール”が開催されています。
 今回お邪魔したハネクトーン早川(株)は、1930年に、この繊維のメッカ、岩本町で誕生しました。創業者は早川又吉社長、現在の早川明男社長のお父様です。三代目である早川智久専務とともに、早川明男社長にインタビューのスタートです。

女学生のネクタイから始まった

 岩本町は繊維の町でして、婦人服とともに子供服の問屋もたくさんありました。初代早川又吉社長は岩本町、当時は神田岩本町で、女学生用セーラー服の一つのアイテムとして扱われていたセーラータイに注目し、セーラータイの専門メーカーとして早川ネクタイ(株)〈現:ハネクトーン早川(株)〉はスタートしました。初期の頃の取扱商品はセーラー服用のセーラータイが数種類だったようですが、徐々に学校のシンボルカラーや校章を入れたりしたオーダーメイドのネクタイが登場し、また男子学生が詰襟からブレザーに移行するに従って、男子学生用のネクタイが求められたり、取扱商品は順調に伸びていったのだそうです。
 1960年代には制服の自由化が進み、それに従ってスクールネクタイも衰退するのかと心配された時期もあったようですが、その後制服の良さが見直され、制服が復権してきた現在では安定的な成長が続いているようです。長期的にみれば少子化という環境変化もありますが、一方で小学生にも制服をという流れもあり、今後もハネクトーン早川(株)としては大きな事業の柱です。
 ただし流通環境は大きく変化しているようでして、メーカー→指定小売店→学生へという流れであった頃には、百貨店や指定学服専門店に売込んでいたそうですが、現在では大手アパレルメーカーが制服の全体をコーディネートして全国に販売するという流れになり、ハネクトーン早川(株)の取引相手は大手アパレルメーカーが中心になってきているそうです。

 ユニフォームへの進出

 スクールネクタイといえばハネクトーンというように、ニッチではありますが圧倒的な優位を築きながら、1961年に新しい分野(企業のユニフォーム)にも進出します。現在は“カウンタービズ”というコンセプトで取り組んでいます。それは、会社の受付やサービス業での顧客対応など、“カウンター”越しにお客様と向かい合い企業のイメージを高めるもの。進出当時は事務服(スモック)と言っていたそうです。1970年の万国博覧会でコンパニオンのユニフォームが大ブレイクし、日本中の会社にファッションセンスの高いユニフォームが広がりました。ハネクトーン早川(株)では、素材仕入先である東レ(株)の紹介により米国アンジェリカ社と提携し、いち早くブランドユニフォームに進出し、その後もハネクトーン早川(株)では女性のユニフォームを専門に扱っています。

会社名も早川ネクタイ(株)だったものを、取扱商品がネクタイだけだと思われるので、現在のハネクトーン早川(株)に変更されました。
 早川の“ハ”
 ネクタイの“ネク”
 調の“トーン”
 ということでハネクトーンというのだそうです。
 現在、オリジナルブランドのハネクトーンと、Winpinx
(ウィンピンクス)のブランドを展開しています。また、異業種ブランドとの積極的なコラボレーションも行っており、現在はJUN&ROPE・Entertainment(ジュンアンドロペエンターテイメント)との提携を行っているそうです。

 さらに、スクールネクタイからオフィシャルネクタイという分野への展開も図っています。会社や役所で使う業務用のネクタイです。警察、消防、鉄道、警備会社などという団体・会社の職員さんは必ずネクタイを着用していますよね。こういう分野の高機能のネクタイです。酔っ払いにネクタイを捕まれても、結び目がカチャッと外れて首が絞まらないようになっていているなんていう防犯対策用のものもあるそうです。ある企業でも採用されています。

 これからの展開

 今回の企業探訪では早川智久専務にも立ち会っていただきましたが、専務は社長の後継者であり3代目。智久専務は現在社長の隣で仕事をしながら、経営者としての修行中です。“お客様の顔を意識しながら仕事をする”という社長の理念を実践の場で学んでいます。
智久専務としては、オフィシャルネクタイを含むスクールネクタイとレディースのユニフォームという事業の柱を、深く展開していきたいという考えのようです。会社始まって以来始めて、大阪に駐在を設け、関西の大手アパレル会社との新しい提携も模索中とのこと。安かろう悪かろうというものには一切手をつけず、栃木県自治医大前の工場を中心とした完全国内生産という特徴を活かし、高品質商品、高付加価値商品を追求していく経営を目指しています。
 智久専務は自社の経営活動に飛び回るだけでなく、忙しい合間をぬって神田明神の活動や法人会など地元活性化にも大活躍中とのこと。会社の担い手であると同時に、街の担い手でもあるのです。

インタビューの次の日、ウチの中学生の子供たちのネクタイもチェックしました。二人ともハネクトーン早川(株)のものでした。