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中小企業の「デザイン経営」

中小企業診断士 三浦英晶(みうら ひであき)

がんばる中小企業応援リレーコラム
テーマ:中小企業の「○○経営」

第1回 中小企業の「デザイン経営」

 本年度の「がんばる中小企業応援リレーコラム」では、“中小企業の「○○経営」”をテーマとしてお伝えしていきます。「○○経営」とは、○○を重視した経営、○○を活用した経営、であると捉えて下さい。例えば、IT経営、理念経営、健康経営、など、さまざまな「○○経営」と言われているものがあります。

 本年度は、全5回にわたり、さまざまな「○○経営」についてリレーしていく予定です。

 スタートとなる今回は、「デザイン経営」についてお伝えしていきます。

 

1.「デザイン経営」とは

2018年、経済産業省と特許庁が共同で、デザインによる我が国企業の競争⼒強化に向けた課題の整理とその対応策の検討を⾏い、『「デザイン経営」宣⾔』として報告書を発表しました。

「デザイン」というと、広告のデザイン、製品のデザインなど、外見のデザインのことを思い浮かべられがちですが、『「デザイン経営」宣⾔』では「デザイン」を以下のように表現しています。

『「デザイン」は、企業が大切にしている価値や、それを実現しようとする意志を表現する営みであり、他の企業では代替できないと顧客が思うブランド価値とイノベーションを実現する力になる。』

 では、「デザイン経営」とは、どのような経営なのでしょうか。これについてはさまざまな見解があろうかと思いますが、『「デザイン経営」宣⾔』では以下のように定義しています。

『「デザイン経営」とは、デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活⽤する経営である。それは、デザインを重要な経営資源として活⽤し、ブランド⼒とイノベーション⼒を向上させる経営の姿である。』

この「デザイン経営」を実践しており、それが成功している企業としては、アップル、ダイソン、Airbnb、スリーエム、IBM、良品計画、マツダ、などが知られています。

これらの企業に共通しているのは、デザインを企業の経営戦略の中⼼に据えていることに加え、以下の2つの条件を満たしていることです。

① 経営チームにデザイン責任者がいること
② 事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること

 例えば、取締役のなかにデザイナーやアートディレクターなどがいて、その取締役が、企業自体のデザイン(企業の在り方のデザイン(ブランディング)、組織構成のデザインなど)から関与し、決定権を持っている。そして、その下流となる製品のデザイン、サービスのデザイン、業務プロセスのデザイン、顧客とのコミュニケーションのデザイン(広告のデザイン)まで、一気通貫して総合的に関わり、管理している状態、というイメージでしょうか。

2.今なぜ「デザイン経営」なのか

 では、経済産業省や特許庁が、今のタイミングでなぜ「デザイン経営」を推奨し、政府の政策にまで反映させようとしているのでしょうか。

 今日では、あらゆるモノがありふれ、そのモノとしての機能や品質だけで他社と差別化することが難しくなってきています。そして優位なポジションを確保できず、価格競争に巻き込まれてしまう企業が、日本に多くみられるからではないでしょうか。例えば、日本の家電メーカーの製品は、非常に多機能で高品質にもかかわらず、製品の価値を認められず、新興国の製品との価格競争に巻き込まれてしまいました。一方で、アップルやダイソンをはじめとする欧⽶企業は、明確な企業理念に裏打ちされた⾃社独⾃の強みや技術、イメージをブランド・アイデンティティとしてデザインによって表現し、製品の価値を⾼め、世界的な市場拡⼤に結び付けています。いわゆる「デザイン経営」が行われている状態です。

日本企業の多くは、その経営層も含め、デザインに対する⾃信と意識がいまだ低いという統計的な報告もあり、製品の同質化が⼀層進む中、日本企業の国際競争⼒は⼀層低下するのではないかと危惧されます。もちろん、日本企業の中にも、前述した良品計画、マツダのように、デザイン経営が成功している企業も存在しますが、欧米に比べるとその数が圧倒的に少ない(「デザイン経営」が普及していない)状況であるといえるでしょう。端的に言うと、「なぜ日本でiPhoneが生まれなかったのか」ということに尽きるのではないでしょうか。

3.「デザイン経営」は本当に有効なのか?

「デザイン経営」は、本当に有効(効果がある)なのでしょうか?デザインへ投資を⾏う企業の業績について、以下のような研究結果が発表されています。

・デザインに投資すると、その4倍の利益を得られる。
(出典) British Design Council “Design Delivers for Business Report2012”

・デザインを重視する企業の株価は、S&P500(アメリカの代表的な株価指数)全体と⽐較して過去10年間で2.1倍成⻑した。
(出典) Design Management Institute “What business needs now isdesign. What design needs now is making it about business.”

そのほかにも、「デザイン経営」を⾏う企業は⾼い競争⼒を保っていることを示す調査結果が発表されていますが、こうした結果は、デザインを取り巻く世界の常識となっているにもかかわらず、⽇本の経営者がデザインに積極的に取り組んでいるとは⾔い難い状況です。

4.「デザイン経営」実践の壁

実は、経済産業省がデザインを主題とした提言を発表したのは、今回が初めてではありません。2003年にも「戦略的デザイン活用研究会報告書『競争力強化に向けた40の提言』」を発表しています。この15年の間で、産業構造もデザインの定義も含め、デザインとビジネスを巡る状況も大きく変化していますが、日本において「デザイン経営」は十分に普及しませんでした。

特に中小企業や小規模事業者においては、それが顕著ではないでしょうか。その理由としては、前述したように「デザインに対する⾃信と意識が低い」ことが挙げられますが、それ以外にも、中小企業や小規模事業者の場合は、十分な資金的余裕がない、企業内にデザインに精通する人材がいない、などさまざまな壁があると考えられます。

『「デザイン経営」宣⾔』では、企業がデザイン経営を行う際、具体的にどのように取り組めばよいかということについて、以下のように言及しています。

 これらの取組は大企業に限ったことではなく、基本的には中小企業や小規模事業者においても同様であると考えられます。しかし、これらの取組の前に重要なのは、「経営者自身がデザインに対する意識を高めること」であり、そしてその経営者の右腕としてデザイナー(デザイン参謀)が存在し、社内の全員がデザインに対する意識を高めていくことが求められるのではないでしょうか。

5.「デザイン経営」の支援者

 近年、世界のエリートたちが、これまでのようにMBAを取得するために学習するのではなく、替わりにアートスクールに通う、という傾向がみられます。同時に、経営コンサルティング企業がデザイン会社を買収する、という傾向もみられます。こういった傾向は、これまで主流であった(良いとされていた)「論理的な経営(理由が明確で説明責任が果たせる経営)」(≒サイエンスを過度に重視した経営)から、「感覚的な経営(理由が説明できなくても直感で判断する経営)」(≒アートも重視した経営)に移行してきていることを表していると考えられます。

 近年の経営コンサルタントの多くは、過度に論理的な判断に偏り、根拠がはっきりしており、論理的に考えて理由も明確であることが正である、というアドバイスをしてきたといえます。しかし、このような「論理的に説明がつく」方法で経営判断をした場合、極端に言うと、誰でも同じ答えが出せる(同じ答えに行き着く)ことになります。その結果、他社との明確な違いを打ち出すことができなくなるという状況に陥ってしまいます。明確な根拠は説明できなくても、「これをやったらわくわくする!」「これはとても美しい!」「胸がキュンとする!」といった基準で経営判断をすることも、非常に有効なのです。

経営には、この「論理的な判断」と「感覚的な判断」のどちらかに過度に偏ることなく、これら2つのバランス感を保つことが重要なのです。