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中小企業の「身の丈経営」

中小企業診断士 柳義久(やなぎ よしひさ)

がんばる中小企業応援リレーコラム
テーマ:中小企業の「○○経営」

第4回 中小企業の「身の丈経営」
 本年度の「がんばる中小企業応援リレーコラム」では、“中小企業の「○○経営」”をテーマとしてお伝えしています。
 「○○経営」とは、○○を重視した経営、○○を活用した経営、であると捉えて下さい。例えば、IT経営、理念経営、健康経営、など、さまざまな「○○経営」と言われているものがあります。
 本年度は、全5回にわたり、さまざまな「○○経営」についてリレーしています。 

 さて、第4回目は、「身の丈経営」についてお伝えしていきます。

 「身の丈経営」というと、何か消極的で、慎重に石橋を叩いても渡らない経営だと思うかも知れませんが、決してそうではありません。
 「身の丈経営」とは、性急な事業拡大を目指すのではなく、自社の持てる経営資源(ヒト、モノ、カネ)を上手にバランスさせながら、長期にわたって堅実な発展を目指す経営のことです。
 「身の丈経営」の要諦は、100年、200年と経営を続けてきた老舗企業の経営ノウハウの中にあるように思います。

 

1.経営理念の明確化でブレない経営

 「身の丈経営」推進の大前提ともなるのが、当社は「何のために存在するのか」あるいは「こうありたい」との志を示す経営理念(※1)を明確にすることです。
 老舗企業の77.6%に「家訓・社是・社訓」があります。100年以上言い伝えられ、明文化され、時代に合わせてCI(コーポレート・アイデンティティ)により企業理念として進化したものもあれば、一族だけに代々口伝されて半ば企業秘密と化しているものもあります。
 明確な経営理念がないと、売上が伸びなくなった際、「隣の芝生が青く見える」ように、自社に経営資源もないのに、他の領域に手を出して失敗してしまうことがあります。

 以前、龍角散の藤井隆太社長の講演を聞いた時、藤井社長は次のように仰っていました。
 「当社だって胃腸薬を手掛けようと思えば、手がけられるのだが、太田胃散の経営者とも親しいのでそんなことはしない。当社はあくまでも『のど』にこだわっていく」

 龍角散は創業1871(明治4)年の老舗である。ご存知のように、「ゴホン!といえば龍角散」、日本ののどを守り続けて260年。堅実でガンコ、かたくななまでに伝統を守り続けています。但し、のどの分野に関しては、常に研究を続け、龍角散に加えて、「らくらく服薬ゼリー」、「おくすり飲めたね」など、次々と新商品を開発し、積極的に宣伝を行い、成長を続けています。「のど」に関しては強みをより一層強化し続けています。

 このように「身の丈経営」は、背伸びをせず、自社の強みに特化して事業展開をすることなのです。

(※1 小林隆一(2010)『「身の丈」を強みとする経営』日本経済新聞出版社19頁)

2.「不易流行」:“伝統とは革新の連続である”

 「不易流行」とは、不易=変えてはいけない部分、流行=変えなければならない部分と言う意味です。この言葉が経営用語として使用される場合、経営理念は簡単に変えてはならない(不易)が、販売方法などは時代の変化に対応していかなければならない(流行)、ということを意味しています。

 羊羹の虎屋と言えば、創業から500年(※2)近い老舗中の老舗ですが、17代目当主の黒川光弘さんは、「和菓子を通じて社会とつながり、お役に立てるよう、私たちの視野や姿勢はつねに広く柔軟でありたい。時代の変化のなかで新たにお届けできるもの、新たなご提案はないかと想像をめぐらせる──丁寧な試行錯誤も、私たちの大切な仕事です。」(※3)、と言い、虎屋のメーカーとしての本来の考え方は活かしつつも、時代の変化に合わせて革新し、お客さまに選ばれる努力をしてこなければ、500年もの間、続けてこられなかったと語っています。

 まさに、虎屋は、和菓子作りという本業からぶれずに、和菓子づくりと提供方法に革新を加えて成長してきたということです。

(※2 虎屋の創業は、虎屋ホームページに1526(大永6)年頃とある。)
(※3 虎屋ホームページ 「社長挨拶」より。2020年2月14日検索。)

3.地域と共生するという意識。

 全国展開するお店が増え、合理化のため全国画一の商品を提供しようとしてきましたが、最近では地域に対応した商品が提供されるようになりました。
 「ところ変われば品変わる」と言われるように日本各地では、その地に特有な自然条件や生活習慣の違いがあります。
 今やすっかり定着した「コンビニおでん」ですが、そのつゆや具について、ファミリーマートは全国共通だった醤油を東日本、西日本、九州の三区分にして、それぞれ地場産の醤油を採用して、地元に根差した味を目指しています。
 ローソンも「つゆ」の味を細分化し、北日本、関東、中部、近畿、西日本、沖縄と全国8種としています。(※4)

 「身の丈経営」とは、地域のニーズをしっかりと把握し、それに対応し、地域に愛されて成長を遂げている経営を指しています。

(※4 小林隆一(2010)122頁参照)

4.まとめ

 「「身の丈経営」とは、性急な事業拡大を目指すのではなく、自社の持てる経営資源(ヒト、モノ、カネ)を上手にバランスさせながら、長期にわたって堅実な発展を目指す経営のことです。

左図はバランスのとれた経営、右図は、「物」は良いがそれを提供するための「人材」と「資金」が乏しい状態。   

下図は、成長した「物」に対して、徐々に「人」が成長し、「資金」も拡大して、バランスのとれた経営を目指していく過程を表しています。こうした堅実な成長が望ましいと考えます。

 最後に、半世紀前に、アメリカの経営学者が提供した企業の成長戦略に「身の丈経営」の要諦があると思い、記しておきます。

【アンゾフが提唱した企業の成長戦略の「身の丈経営」への示唆】

 アンゾフは、1965年に出版した「戦略経営論(Strategic Management)」において、企業経営は、長期的な計画とその実施が重要であると説き、「成長マトリックス」を提唱しています。
 企業の事業領域について、市場と製品の二軸を設定、それぞれを既存と新規とに分けることにより四つの象限に分類して経営戦略をどう展開するかを分かりやすくしました。 

<アンゾフの成長マトリックス>

 四つの象限では、それぞれ次のような戦略により成長することが可能であると、アンゾフは指摘しています。

(1)市場浸透戦略

 今の製品分野と市場分野との組み合わせで、現在の製品群で現在の市場を深耕して成長していく戦略です。

 例えば、千代田区内だけで営業展開している事業者が、工夫如何でまだまだ区内での需要開拓が見込める場合、区内のニーズを深堀して市場シェアを高めて売上をアップしていこうという戦略です。既存の製品群はまだまだ市場のニーズに十分耐えうる魅力をもっている場合です。

(2)新市場開発戦略

 現在の製品群を、新規の顧客層や海外市場の開発など新しい市場に向けて販売することにより、成長を図る戦略です。

 例えば、前例の事業者が、隣の中央区や文京区などに営業展開をして売上を伸ばしていく戦略です。
 また現在の製品群は市場ニーズに耐えうる魅力を持っているが、国内は少子高齢化や人口減少が進んで需要も減少しているため、現在の製品群をもって海外展開を図っていくことなどもこの戦略です。 

(3)新製品開発戦略

 現在の市場に対して、新しい製品を開発して販売し、成長していこうとする戦略になります。新品種を追加して売上高やマーケットシェアを高めることです。

 例えば、前述の千代田区内で営業展開している事業者の例でいえば、売れなくなった既存製品に変えて新製品を開発して展開したり、既存製品に新製品を加えたりして売上のアップを図っていく戦略になります。 

(4)多角化戦略

 全く新しい製品分野と市場分野に参入して成長を図る戦略です。最も戦略的で成功すれば、売上高、マーケットシェアの上昇は大きくなりますが、投資のリスクも大きくなる可能性があります。

 例えば、印刷業の企業が、遊休土地を活用して介護事業を展開したり、飲食事業に乗り出したりするような場合です。この場合には本業とのシナジーが弱く、十分な経営ノウハウもないため、需要の開拓が思うようにいかないといったリスクを持っていることです。

 日本の大手企業は1980年代には挙って多角化に乗り出しましたが、90年代に入り、「選択と集中」といって本業に回帰する企業が目立ちました。
 中小企業にとって(1)~(3)の戦略は、比較的リスクが小さく、堅実に成長を目指しうるという点で、「身の丈経営」に適している戦略と言えるでしょう。