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コンプライアンス違反を防ぐには

志縁経営司法書士事務所 司法書士・中小企業診断士 山田直樹(やまだなおき)

1 なくならないコンプライアンス違反事件

(1)企業活動をめぐる動き

 昨今の企業活動を巡る新聞報道等においては、SDGsやESG投資の言葉を目にしない日はありません。企業には、単に利益を上げるだけでなく、自社の存在意義を社会の中でどう位置付けていくのかが問われています。特に昨年は、気候変動問題への対応について、上場会社の株主総会の場面等で具体的な計画を問う質問が増加しました。また、最近では、強制労働など過酷な労働条件下で生産された原料・製品の取扱いを中止し、自社の人権擁護への取り組みを明らかにする企業が登場しています。

(2)昨今のコンプライアンス違反事件

 一方、企業活動を巡っては、コンプライアンス違反事件の報道も後を絶ちません。例えば、一昨年前の自動車メーカーの元会長の報酬開示・背任を巡る海外逃亡事件から始まり、家電メーカーや自動車販売会社の検査数値の改竄、インフラ提供会社の談合・カルテルの事件等、過去にも起こった同様の事件が繰り返し報道されています。これらの事件の謝罪会見では、社長や担当役員から異口同音に「当社にはコンプライアンス遵守の意識が浸透していなかった」「当社にはガバナンス遵守の意識が欠如していた」等の発言がなされています。コンプライアンスやガバナンスという言葉もまた、目にしない日がありません。

(3)なぜコンプライアンス違反事件は続くのか

 企業がSDGs等の活動に取り組んでも、コンプライアンス違反事件が発生すれば活動の土台が崩れ、せっかくの取り組みも水の泡と消えてしまいます。従って、コンプライアンス違反が起きないための対策を講じることが、企業活動の根幹を支えると言えます。しかし、コンプライアンス違反事件は毎年のように発生し、なくならないのが実情です。「やってはいけないこと」は誰もがわかっているはずなのに、なぜコンプライアンス違反事件はなくならないのでしょうか。

【図表1 企業活動とコンプライアンス】

 

2 コンプライアンスの変遷

(1)ITの発展

 「コンプライアンス」という言葉が日本で使われ始めたのは2000年代の初めですが、これにはインターネット・ITの発展が関わっています。ITの実用化は1990年代前半から検討され、2000年代前半にいわゆる「ITバブル」を迎えてから、ITは日常の仕事・生活に不可欠になりました。ITの発展は、情報の流通における国境・地域の垣根を低くし、情報処理のスピード・量が飛躍的に増大しました。これにより「ヒト・モノ・カネ」の動きが国境を越えて活発化する事象を当時は「グローバリゼーション」と称し、ビジネスの本格的な国際化の始まりと捉えていました。

(2)ダイバーシティ

 人の往来が促進されると、職場にはこれまでとは違う人々が集まるようになります。職場は、同じ環境下で働く正社員の集団から、外国人や派遣労働者等、様々な職種の人が働く場所へと変わりました。このように、置かれた環境の異なる多様な人々の集団を「ダイバーシティ」いいます。日本の職場では、女性の管理職や外国人の労働力の活用が課題として取り上げられますが、性別や国籍に限った話ではありません。趣味嗜好や信条など、異なる立場を理解し受け入れることにダイバーシティの本質があります。職場の多様化が進めば、「同じ時間帯に同じ場所で働いているのだから、全てを伝えなくても察してくれるだろう」という「阿吽の呼吸」は通用しません。そこで、自分とは考え方や経験の異なる人にも仕事を理解してもらう必要から、業務の可視化がより一層求められるようになりました。

(3)ガバナンスとの関係

 「ヒト・モノ・カネ」の増加は、各種規制の緩和をもたらしました。流入が増えたカネを日本への投資として受け入れるためには、外国人投資家にも理解し易い法制度を整備しなければなりません。2006年に施行された会社法は、多様な株式の発行形態を認める等(例えば、取締役の選任権は持たないが、配当は1割増しとする種類株式の発行)、ファイナンスの規制を緩和しました。反面、集めたお金の使い方が厳しくチェックされていなければ、投資家は安心して出資することはできません。そこで、会社の経営体制であるガバナンスの規制が強化されることとなり、法令遵守の姿勢であるコンプライアンスもまた厳しく問われることになったのです。法令遵守の姿勢は、業務の流れを構造化してリスクを明確にしておくことに繋がり、このようなリスクマネジメントの体制を「内部統制システム」といいます。

【図表2 コンプライアンスとガバナンスの関係】

3 自社の存在意義

(1)第三者委員会の指摘

 コンプライアンス遵守の要請は、ITの発展に伴って更に高まってきました。それでも、違反事件が起こるのはなぜでしょうか。重大なコンプライアンス違反事件が発生した会社では、弁護士等の専門家を中心に「第三者委員会」が設けられ、経営体制の適正さの検証・報告が行われます。某自動車メーカーでは、度重なるリコール隠しや燃費データの数値改竄等の不正が続いた結果、「全ての根源は会社が一体となって自動車を造り、売るという意識が欠如していたことにある」との第三者員会から報告がなされており、走りの安全を提供する体制がなかったことが指摘されています。また、2000年代初頭に起きた食品メーカーの食中毒事件では、同社で過去に起こった同様の事件の教訓を活かせなかった企業風土が指摘されています。

(2)自社の提供する価値

 これらの事案の報告の共通点として、組織の中に自社の存在意義が浸透していなかった点が挙げられています。コンプライアンス違反の原因が、組織ぐるみか個人の行動かを問題にすることがありますが、その行動を阻止できなかった組織の在り方自体に問題があるとの指摘です。自社の存在意義を明確にするとは、自社が、①誰に(顧客)、②どんなメリット(仕事の内容)を、③どのように提供しているのか(差別化要因)を明らかにすることであり、経営理念・ビジョンとして表現されます。最近では、「パーパス(目的)」と称することも増えてきました。自動車メーカーや食品メーカーにとって、低価格で高品質な製品開発を追求することは大切なことですが、「消費者の安全」に勝る価値はないはずです。しかし、売上拡大や利益確保が至上命題になると、自社の理念とは反する行動を「おかしい」と言えない雰囲気が醸成され、事件の起きやすい企業風土ができあがってしまうのです。

【図表3 自社の提供する価値】

(3)経営理念と経営戦略の関係

 経営理念と聞くと、額縁に入った言葉を唱和させるようなイメージがありますが、経営理念には企業の活動を決定する役割があります。限られた経営資源を有効に活用するためには、やるべきことの他にやらないことを絞り込み、どの分野に資源を集中するのかを明らかにする必要があります。そのうえで、他社と差別化を図る戦略が策定され、戦略を実行に移す組織人の行動基準の確立へとつながっていきます。

【図表4 経営理念と経営戦略】

4.コンプライアンス違反を防ぐには

(1)経営理念を見つめ直す

 最近提唱されている「パーパス(目的)経営」の記事を読むと、共有・共感という言葉がその解説に使われています。理念の共有・共感とは、社員の一人一人が自社の存在意義を意識し行動している状態が指します。そこで、朝礼やミーティングの際に自社の存在意義をテーマにして話し合うことをお勧めします。経営理念を一字一句唱和するよりも、「私だったらこう考える」という「経営理念を創り変える自由」を社内で共有してはいかがでしょうか。ダイバーシティのもと、これまでとは異なる発見があるかもしれません。企業理念をカードにした“クレド”が有名なジョンソンエンドジョンソン社には、「クレド・チャレンジ」という制度があります。従業員が、クレドの表現を変更する提案をし、本社の役員会で討論するそうです。自らの提案を経営陣が真剣に受け止めている様子は、従業員に信頼をもたらします。同社での勤務経験のある方は、次のように語っています。

「クレドの存在が会社の財産ではなく、クレドが浸透している状態が会社の財産なのです。」

(2)新しい社会の実現のために

 コンプライアンスは、自分達の目指す存在意義を守り、自分達の価値を高めるために必要な取り組みです。誰かから「ルールを守りなさい」と押し付けられ、受け身になることではありません。SDGsは持続可能な開発目標と訳されますが、自社が持続可能か否かは、社会からの信用を得続けられるかと表裏一体です。新政権が提唱している“新しい資本主義”の実現も、企業の基礎的な活動のもとに実現することを忘れてはならないのです。

 

以 上