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老舗企業に学ぶ事業継続の秘訣

中小企業診断士 柳義久(やなぎ よしひさ)

当リレーコラムで、私は企業が持続的に経営を行っていくための秘訣を、「老舗企業に学ぶ身の丈経営」、「老舗企業に学ぶ成長戦略」と題して紹介してきました。

老舗企業の長寿の秘訣は多々あるのですが、今回は老舗企業(長寿企業)が行っている「社会貢献活動」にスポットをあて、その活動が事業継続に繋がっていることについて紹介していきたいと思います。

1. 問題意識

1980年代バブル景気で日本企業が好業績だった頃、メセナ活動と言って特に大企業では芸術文化活動支援を派手に行っていましたが、景気低迷とともに萎んでしまいました。お金が無くなると止めてしまうのはその活動が企業にとってそれほど重要ではないからだと思われます。

つまり、企業が儲からなくなると簡単に社会貢献を止めてしまうのは、本業と関係ないところで社会貢献をしようとしているからではないかと考えました。

私が主宰している老舗企業研究会では、創業から数々の災害や戦争などの危機を乗り越え、100年以上持続的発展を遂げている長寿企業を老舗と定義していますが、日本には3万3,259社(2019年帝国データバンク)もあります。千代田区において、超100年の企業は百数十社数えることができます。それらの企業は、独自の文化、伝統を形成し、技術力や独自のノウハウを確立し、商いにおける信用、信頼を深め、今なお、多くのファンをもっています。しかもそのほとんどが中小企業です。

老舗長寿の秘訣は、①伝統を守りつつ常に革新を続けていること、②顧客第一主義を企業哲学に持ち続け実践していること、③本業重視で、原材料から技術、製法、販売に至るまでこだわりの徹底、④次世代へタスキを渡すことの責任感が強く、血縁より家業を守る事業承継の実践、⑤地域社会を大切にし、地域への貢献、街づくりや文化、スポーツ、環境問題への対応を強く認識して行動していることなどが知られているところです。

老舗企業研究会では、老舗企業が何世代にもわたる長い期間、持続的発展を遂げてきた秘訣の一つに社会貢献活動があるのではと仮説を立て、老舗の当主や経営者に、社会貢献活動の取り組み姿勢や内容のヒアリングを行い報告書にまとめました。

ヒアリングによって得た成果は、中小企業の社会との関わり方のヒントになると考え、様々な機会をとらえて紹介していきたいと思います。

2.ヒアリングの実施

【長瀬産業(日本橋)】長瀬副会長 2021年10月13日(水)

同社の創業は1832(天保3)年、初代長瀬伝兵衛が京都で紅花や布海苔、でんぷんを扱う「鱗形屋」を開いたことが始まり。全国各地で生産された染料を西陣のお店ごとに原料を売っていた問屋でした。1901(明治34)年にヨーロッパ(フランス)に進出し、海外貿易をいち早く手掛け、欧米の有力化学メーカーと提携、これが発展の原動力となりました。

 

同社の社会貢献活動は、大きく3つ。1つは、有機化学・生化学の研究者支援、2つ目は林原美術館の運営支援、3つ目はパラスポーツ支援をされています。

同社は「社会の構成員たることを自覚し、誠実に正道を歩む」を経営理念の一節に掲げており、本業を通じて社会貢献に努めることを基本方針としている。同社は、化学品を扱う専門商社としてケミカルやバイオなどの有機化学や生化学の研究成果の恩恵を受けています。

同社は「長瀬科学技術振興財団」を設立してケミカルやバイオなどの有機化学や生化学の研究分野の若手中堅研究者への支援を30年以上続けています。同業界の技術基盤の強化と次世代の化学を担う人材育成は間接的に同社成長に恩恵をもたらす。今後は、サスティナビリティを基軸として時代に応じて環境保全を通じて社会貢献をしていくと話されました。

【大西常商店(京都)】大西里枝4代目若女将 2021年10月8日(金)

創業は江戸後期、武士の髪を束ねる「元結」の製造・販売をしたことが始まり。明治維新以降、武士の髪型や服装が洋装になり、元結が不要になったため、大正2年に扇子商品への転換を図ったこの時期を創業年としています。

同社の社会貢献活動は、扇子商品が浄瑠璃、能、日本舞踊などの伝統芸能と密接に結びついているため、伝統芸能に古くから力を注いできました。伝統芸能の稽古場の提供や日本画家を大切にし、屏風や扇子の絵を描いてもらうなど、謡や歌舞伎とのネットワークを大切にしています。

阪神淡路大震災で崩壊した自店の町屋を大規模修繕した際には、収益物件にするという発想ではなく、京都の文化を継承、街並み保存という考えから約5年をかけて町屋として残しました。さらに、伝統工芸を未来に引き継いでいくため、職人・作家の「モノづくり継続サポート講座」を開設するなど、伝統工芸の「負の循環」を断ち切る取組をされています。

扇子を作る会社から「風を生む会社」へと経営理念を発展的に再定義し、素材の竹を活用した新製品開発や扇子にまつわる「文化の風を生む」新たな事業展開を模索しています。

【松栄堂(京都)】畑元章専務取締役(13代目)2021年11月6日(金)

創業300年、丹波篠山の里長であった畑六左衛門守吉が商いの道を興した「笹屋」から始まります。御所の主水職を勤めた3代目守経の頃「松栄堂」として本格的な香づくりに携わり、以来、父・畑正高の12代に至る今日まで、線香など香づくり一筋できています。

商品は、仏様のお線香から日常空間の癒しの香りまで幅広い商品を提供しています。

同社は「香りある豊かな生活」を企業理念とし、「変わらないために、変わり続けていく」ことを企業信条として、香りの仕事は変えず、製造や販売方法、管理など、仕事の仕方はどんどん変えていくことで進んでいます。第二次大戦後、線香事業は大変困難な状況に直面しましたが、11代目が販路の開発や原料仕入れルートの開拓の大きなイノベーションを成功させ、経営基盤を強固にしました。

同社の社会貢献活動は、ボランティア活動の一つという位置づけではなく、本業を通じて主体的な取り組みとしています。例えば、線香のパッケージ開発では、桐箱ではなく牛乳パック再生紙による商品開発をし、環境に配慮しています。

さらに、本社に隣接して「薫習館」を開設、香りを楽しむ空間と出会いの場を作ると同時に、世界に対する日本の香り文化の情報発信拠点としました。最上階には、内なる社会貢献として従業員の食堂兼コミュニケーションの場を設置しています。工場ではISO14001承認取得や京都に自生する絶滅寸前種のフジバカマ育成、ベトナムでの植林活動、毎月18日、本社と全国各支社で事業所周辺の清掃活動に取り組み、5月30日、工場前河川の清掃活動を行うなど、環境保全や環境負荷軽減に全社員上げて取り組んでいます。

清掃活動や環境への取り組みは、事業展開に大切なことを意識していること、社会貢献活動は「目先の損得を考えず、少しでも社会に恩返しをしたい」と畑専務は語られました。

【日本フィランソロピー協会】高橋陽子理事長 2021年12月10日

当協会は社会貢献活動のコーディネートをする団体で、1994年から企業のボランティア活動や寄付を支援するプログラム作成、社会貢献の先進的な取り組みを讃える顕彰制度など、様々な活動をしています。

企業も人も地球の一員
高橋理事長は、企業は地球・社会・市場の一員であり、社会的課題解決のために創業しているもので、社会貢献活動は「本業を生かした活動」です、と話しています。社会貢献活動を通じて、同質社会からでることで違う価値観や発想が広がり、顧客との信頼、社員の成長につながると語っています。

これは、老舗が実践してきた「三方よし」「先義後利」といった経営哲学と通じるものです。

3.ヒアリングの成果(まとめ)

(1)老舗企業から学ぶ社会貢献活動

老舗の社会貢献は決してボランティア活動ではなく、本業を継続維持していくことに間接的にかかわっています。各社の経営理念や企業倫理には「企業と社会の共存共栄」を強く認識し、理念にもとづいた社会貢献活動を選択、これと決めた社会貢献活動はストーリーをきちんと決めて、長いスパンでの活動を続け、経営陣だけでなく全社員が納得して行動しています。だからこそ、世代を超えて社会貢献活動が引き継がれていることが明らかになりました。

(2)老舗企業の社会貢献活動のパターンとメリット

①地域社会の活動、地域の伝統文化の保全
地域が栄えてこそ自社も成り立つのです。地域文化の振興への貢献は、自らの世代はもちろん、次世代に継承、地域の価値を向上させていく役割を担っています。

②業界の次世代の技術者育成への貢献
長瀬産業にみられるように、業界の発展のための人材育成に係る社会貢献事業に力点を置いた取り組みがなされています。業界の発展がなければ、自社の成長もあり得ないからです。業界が成長すれば、それが自社の成長に繋がるという考え方です。

③環境負荷軽減への貢献
環境低負荷活動、清掃活動やごみゼロ運動、絶滅危惧の動植物の保護など、老舗では商売を長くさせてもらっている社会への恩返しとして社会貢献を推進しています。

 松栄堂にみられるように、本事業に欠かせない香木の保護、国を超えての植林活動などを行っています。

(3)老舗から学ぶ中小企業の社会貢献活動開始のステップ

 ①企業理念、ミッションを見直し、地域や社会への貢献を再考、②本業を通じてできる社会貢献活動の方向性を定め、③どんな分野でどんな活動をするか企画、実行、④社会貢献活動の内容を情報発信していく。

自社でできる範囲で無理なく実行できるものから手掛け、一度始めたら長く続けること、内外にアピールし続けることで、その活動を通じて企業価値を高めることができます。