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価値組企業の価格思考

中小企業診断士 荒谷 司聖(あらたに もりまさ)

 今回のテーマは「価格」です。価格はその重要性にも関わらず、お客様の前では避けて通りがちな話題です。イヤな空気になるくらいなら少しの損は我慢してしまうという方もいるのではないでしょうか。しかし、これからはそうもいきません。様々なものの値段が上がるのを見るにつけ、「値上げをするかどうか悩む時期はとうに過ぎた」と感じます。これからは継続的な値上げを前提に「どう納得してもらうか」に知恵を絞らなければいけない時代です。より良いものを作り、より良い対価をいただいて双方に利益をもたらす。価格交渉は双方のより良い商売のために不可欠なプロセスと捉えてしかるべきです。

 ただ苦手意識はそう簡単に消えるものではありません。そこで以下では、お金の話が苦手な方のために、価格交渉が少しでもラクになるような考え方、進め方のポイントを7つお話しします。なおここから先の話は特に企業対企業の取引を念頭に置いたものであることをご承知おきください。

1.価格交渉は説得より納得
 より良い関係づくりには、相手を理解すること、そして相手にメリットを感じてもらうことが必要です。発注する側、される側という立場の違いこそあれ、お互いその商品/サービスを軸に商売をしているわけですから、値上げがより良い商品/サービス、より良い商売につながることを示せば良いのです。交渉である以上「説得」という側面があるのは否めませんが、意識して欲しいのは説得ではなく「納得」です。

2.原価は原価、売値は売値
 価格を考えるうえで原価は重要な要素ですが、原価に縛られ過ぎてもいけません。売値には「当社の価値」を織り込まなければいけないからです。
 値付けの方法として有名なのは、①原価にその他の費用を上乗せするコストプラス法や、②粗利率を設定して原価を(1-粗利率)で割り戻すマークアップ法でしょう。これらはいずれもわかりやすく、説明しやすいというメリットはありますが、この方法ではその商品/サービスの「価値」を織り込むことができません。賃金上昇や次なる投資の必要原資といった確実に訪れる未来すら織り込まれておらず、行き詰まる企業も少なくありません。
 たとえ同じものであっても、当社が手掛けたからこそ生まれる価値が必ずあります。当社にとっては些細なことでも、お客様が価値と感じることは価格に反映すべきです。少なくとも反映する努力をしなければなりません。事業が先細っている先、結果として後継者が現われないような先は、こうしたことに鈍感過ぎたという側面があるように思います。

3.価格交渉は短期、中長期に分けて考える
 短期の価格交渉では、原材料費に当たる部分の値上げを交渉します。基本的に仕入れ値が上がった分を現在の売値に乗せるわけですから、利益が増えることはありません。原材料価格の値上げについては今では行政の働きかけもあり、発注企業側からの気遣いもあるようです。一昔前までは考えられなかったことですが、今はそれほどまでに原材料価格の転嫁がしやすい状況になっています。
 こうした短期の交渉が具体的、定量的であるのに対し、価値を訴求する中長期の交渉は抽象的、定性的になりがちです。最終的にはその価値を感じてもらえるかどうかになるので、行政が支援してくれることもなければ、発注企業側から話を振ってくるようなこともありません。自らの価値を突き詰めて考え、自ら動かなければならないのです。

4.中長期の価格交渉には事業計画が欠かせない
 中長期的な課題ともなると思い付きではどうにもなりません。長きに渡り、うまくいっている企業には必ず先の見立て、つまり事業計画があります。誤解なきように言っておきますと、事業計画は「当てに行く」ものではありません。事業計画は会社がどこへ向かうのかを示し、その後の行動につなげていくためのものです。当たりハズレで言えば、事業計画はむしろハズレたときに意味が出てきます。うまくいっている企業は「何が想定と違ったか」を確認し、次の一手を打っています。
 その一例として、現時点では重要な取引先ではありつつも値上げに応じてくれる気配のないBクラス企業との取引中止を見据えた会社の売上計画(事業計画の一部)を出しておきます。
 売上計画を単なる%の掛け算にしてはいけません。単に「毎年5%成長」などとしてしまっては何が良かったのか、あるいは何が悪かったのかもわからず、次の一手につながらない数字の羅列になってしまいます。そうではなくて、たとえば売上を客層別に分解、さらに客数×単価にバラすことで大事な客とそうでない客に分け、今後の対応を考える材料にするのです。

5.交渉順序に注意する
 価格交渉では交渉の順序も大事な要素です。値上げ効果が大きいからと言って、売上の多い先から交渉を始めて失注するようなことになれば、事業の存続が危ぶまれる状況に陥ります。そうならないためにも価格交渉はさほど重要でない先から順に取組んでいくことが肝要です。売上比率の低い先は状況改善への効果も限定的ですが、そこから固めていくことで大事な得意先との交渉も進めやすくなります。「実は他社さんには既にこの値段で卸しているんです」と言えるようになるのです。

6.価格交渉は断られてからがスタート
 断られるのは誰しもイヤなものですが、こと価格交渉に関してはそこがスタート、「断られて当たり前」という心構えが必要です。仕入れ担当者は安く仕入れるのが仕事ですから、こちらがどんなに安い価格を提示しても必ず難色を示します。イヤな顔をするのが仕事なのですから、それを恐れる必要はありません。
 もし仮に始めから相手が上機嫌だったら、その交渉はすでに失敗しています。それは相手の想定を下回る価格を提示してしまったということですから、当面は取りこぼし続けるということを意味しているのです。

7.常に新規開拓を怠るな
 交渉には常に手札が必要です。手札が見えてしまっている、たとえば売上の9割が1つの取引先に集中しているような状況では交渉になりません。手札が少な過ぎてはダメなのです。たしかに新規開拓は既存顧客との取引に比べ、非効率です。
 しかし既存顧客と対等に交渉できる関係を続けていくには新規開拓が必要なのです。
 以前、「販路開拓はしません。ご恩になっているX社さん一本で、これからも忠誠を尽くしていきます!」と仰っているAさんに出会いました。ところがその数ヵ月後、Aさんは当のX社から「ウチ以外の仕事も頑張ってくださいね」と言われてしまいました。事実上の発注減宣言です。超大企業でも明日はどうなるかわかりません。どんなに忠誠を尽くしても「お前の食い扶持はウチが何とかしてやる!」なんてことはない時代なのです。新規開拓の大切さを痛感したAさんでした。