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事業承継準備としての知的資産経営報告書への取り組み

中小企業診断士 土田 哲(つちだ さとし)

がんばる中小企業応援リレーコラム 
~ 事業承継について考える~

事業承継準備としての知的資産経営報告書への取り組み

事業承継準備待った無し

現在、中小企業の事業承継は、日本の重要課題となっています。国は事業承継を進めるため、多額の予算を組み、税制も改正していますが、中小企業数の減少が進んでいます。

 中小企業の数は、2009年に421万者(個人事業主も含むため“社”ではなく“者”と表します)あったものが、2015年には382万者へ減りました。わずか5年の間で39万者も減少しました。中小企業の約85%は小規模事業者ですが、減少分の多くは小規模事業者でした。

 中小企業経営者の年齢は、上昇を続けています。経営者の中心年齢は1995年の47歳から、2015年は66歳まで上がりました。ほぼ1年に1歳ずつの上昇ということは、経営者の若返りができていない。つまり、事業承継が進んでいないことが原因であると考えられます。

 事業承継を進めなければ、中小企業の存在が危ぶまれます。日本の企業の99%は中小企業であり、労働者の70%は中小企業に勤めています。中小企業の維持のため、事業承継は日本全体の課題となっています。従来は親族内承継を希望する経営者が大多数でしたが、近年はその傾向に変化が見られます。下の図は、形態別の事業承継の推移を表したものです。親族内承継が減少を続けているのに対し、内部昇格と外部招へいが増加していることが分かります。

 

                                                                図表1 形態別の事業承継の推移

                                                           出典:2014年版中小企業白書

 また、承継相手が内部であれ外部であれ、経営を任せられるになるまでには、少なくとも3年以上かかると言われています。経営者の高齢化が進んでいる状況において、事業承継の準備は待った無しであると言えます。

DNAを伝えることが重要

次の経営者に伝えるべきものは何でしょうか?ヒト・モノ・カネといった物的な資産は当然です。経営管理のイロハも重要ですが、経営者をサポートする人材に任せることも可能です。重要なのは、「なぜ当社はお客様に選ばれているのか?」という、強みの源泉、つまり当社のDNAではないでしょうか。

 とは言え、企業の強みは、長年の事業活動の中で培われてきたものです。企業にとっては、ごく当然のもので、経営者自身も気づいていない場合があります。また、資料としてまとまっていない場合がほとんどでしょう、

 このDNAがうまく伝わらずに事業承継した場合、事業の継続が危うくなる可能性があります。ある飲食店の例ですが、その店はお祖母ちゃんの代から伝わる粕汁が名物でした。しかし、後を継いだお孫さんは、近隣に増えた洒落たレストランに対し、フレンチのランチで対抗しました。外部環境の変化に対応したつもりの戦略でしたが、残念ながら個性を失い廃業という結果になってしまいました。お祖母ちゃん秘伝の粕汁が、その店が選ばれる理由、DNAだったのです。

知的資産経営報告書はDNA見える化のツール

 企業のDNAは、過去から現在に育まれたものです。事業を継続するための遺伝子ですので、現在から未来に向かっての事業継続においても伝えなければなりません。このDNAを、ステークホルダー(事業承継者、従業員、取引先、金融機関、顧客など)と共有するツールとして「知的資産経営報告書」があります。

 「知的資産」とは、人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランドなどの「目に見えない資産」のことで、企業の競争力の源泉となるものです。企業にとっては、日常業務で当然のように利用しているもので、普通すぎるがゆえに気づきにくいものであると言えます。その気づきにくさは、下の図のように、氷山の海面下の部分で表せます。

                                                                図表2 知的資産のイメージ

出典:中小企業基盤整備機構「事業価値を高める経営レポート 作成マニュアル」

 知的資産経営報告書は、気づきにくい強みの源泉を分析し、今後の事業戦略を明確化します。分析においては、一連の事業活動のステップの中で、どのような価値を生み出しているかが明確になります。

図表3 バリューチェーンの分析イメージ

出典:中小企業基盤整備機構「事業価値を高める経営レポート(知的資産経営報告書)について」

 

また、強みを維持・強化するためのKPI(重要評価指標)を設けます。例えば、顧客との何気ない会話の中から新製品を開発してきたことが強みであれば、顧客意見の登録件数がKPIとなります。KPI目標の達成を管理していくことが、強みの維持・強化につながるのです。

知的資産経営報告書を作成する過程において、社内での活発なコミュニケーションを促し、組織の活性化効果があります。さらに、知的資産経営報告書を作成することは、企業のDNAを見える化し、未来へ伝えること、また、強化していくことにつながるのです。

図表4 知的資産経営報告書作成の流れと効果

出典:中小企業基盤整備機構「事業価値を高める経営レポート 作成マニュアル」

知的資産経営報告書は企業磨き上げに有効

 知的資産経営報告書は、企業存続してきたDNAを見える化し、現在から未来への戦略を提示します。強みの維持・強化につながるKPIも設定します。従って、事業承継の準備として活用することで、事業を磨き上げる効果が期待できます。

 一方で、事業承継相手が見つからない場合の選択肢として、事業売却があります。近年、中小企業のM&Aが活発化しています。下の図は中小企業のM&A件数の推移を表していますが、リーマンショック後の減少傾向が回復していることが分かります。

図表5 未上場企業間のM&A件数の推移

出典:2013年版中小企業白書

   事業承継相手が見つからない場合でも、知的資産経営に取り組むことで企業が磨き上げられ、有利な条件で売却できる可能性が高まります。広い意味での事業承継準備として、知的資産経営報告書の作成が有効となります。