2011年3月11日
その時、千代田区では
千代田区内のとあるマンション、3階の一室。彼女は当時、事務所であるこの部屋にいた。
テーブルの上のコーヒーカップがガタガタ揺れた。少し待ったが揺れが収まらず、テーブルの下へ身を隠す。
本棚が倒れ、本や書類が勢いよく散らばる。
揺れが収まってから、階段を駆け下りてマンションの外へ出てみた。
周辺の企業やオフィスから出てきたと思われる人たちで、ごった返すマンション下。
ほどなくして、事務所とは少し離れた同区の自宅マンションに戻った。
自室に甚大な被害がないことを確認し、家族の安否確認に取りかかった。
―これは、千代田区のマンションに住まうマンション管理士、村澤さんの当時の体験である。
ご家族の安否を確認した後、村澤さんは近くのコンビニに向かう。
コンビニには、パンや牛乳など、すぐに食べられる食料はすでになく、棚は空っぽ。
千代田区に停電は生じず、ライフラインも正常だったが、気持ち的に「節約をしなければ」という強い思いに駆られたという。
部屋では夜、ろうそくを灯し、水も極力使わないように意識した。
「企業の事務所が入居するマンションなどは、地震発生と同時に社員が一斉に通りへ出るなど、
互いの状況を把握しながら行動することができた。一方、住宅としてのマンションでは、
各部屋の住民がばらばらに行動したため、マンション内で起こっていることを
リアルタイムで把握できなかったのかもしれない」
村澤さんは、そんな印象を持ったという。
災害時に想定される
マンション居住者のリスク
千代田区の住民のうち、約85%にものぼる人が共同住宅を含むマンション住まいである、というデータがある。
まちみらい千代田の住宅まちづくりグループマネージャー、風間氏は言う。
「木密地域(木造住宅が密集している地域)であれば延焼火災のリスクを回避する行動を
とるべきだが、マンション(やマンションの密集した地域)に住んでいる場合、
マンションの安全が確認できたらできる限り自室に留まることを推奨しています」
上記の理由から、広域避難場所がなく、区内全域が「地区内残留地区」となっている千代田区。
「家に居るより外へ出たほうが安全だ」「とにかく避難しなければ」と、
大勢が安易に外へ逃げると、町は人でごった返してしまう。
企業密集地でもあるため、災害発生時の時間帯によっては、帰宅困難者の増大は否めないだろう。
では、未曾有の災害に見舞われた時、マンション居住者に特化して想定されるリスクとは何だろう。
村澤さんは、自身が目の当たりにした当時の様子を振り返りつつ、こう語る。
「地震後、自宅マンションに戻った時より少し後に聞いたことなのですが…。
自宅マンション最上階の電気温水器が漏水する騒ぎがあったそうです。
それに、短時間でビルメンテナンス会社が来てくれたようですが、
エレベーターの閉じ込めが発生していたとか。
でも、事務所の入っているマンションと比べて自宅マンション周辺が静かだったことから、
何事もなく無事だったのだと、震災発生当時は思っていましたね」
3.11の時には幸いにも、千代田区のマンション内において大きな被害はなかった。
しかし、村澤さんはリスクを懸念する。
「部屋の中にいさえすればプライバシーが確保されるのがマンションの利点ですが、
家具の下敷きによる怪我やエレベーター内で長時間の閉じ込めがあった場合、
必ずしも誰かが気づいてくれるとは限りません」 さらに重ねて警鐘する。
「マンションで、延焼火災によって焼け死ぬ可能性は低いけれど、
隣に住んでいる人の名前も顔もわからなければ、安否確認のすべがない」
それこそがマンションに居住するものとして、心得ておきたいリスクということだろう。
コミュニティへの参画を
いざという時に備えた意識
今後、マンション住まいを考えている、もしくはこのままマンション居住を続けていきたいと考える人にとって、
主に防災ということを考えたときに意識すべき点は何か。
「マンション内でコミュニティをつくってください」と、風間氏は言う。
さらに「元々、千代田区は町会組織が強いんですよ」と続ける。今ほどマンションが建ち並ぶ以前より、
千代田区に根ざす人々は、一年を通して「祭」によって絆を深めてきた。
「今、郵便受けに名前を記さない人もめずらしくない」
防犯上、はたまた個人情報保護、それももっともだけど、マンションでコミュニティの形成が図りにくい状況にあるという。
実状、千代田区のマンション居住者に、積極的にコミュニティに参加していこうという人は多くない。
そもそもマンションに住もうと考える理由として、プライバシーが守られる、ということが挙げられる。
加えて、千代田区のマンションは比較的高級といえるものが多い。セキュリティがしっかりしていたり、防音対策が万全だったり。
隣室の生活音がまったく聞こえない、ということもめずらしくない。
マンションに住みながら、心がけられること、それは―
「まずは自助。自分の身の安全を確保してください。それから協助。
そのためには、やはり普段からのコミュニティへの参加です」
ひと口にマンションと言っても、高齢者の多いマンションあるいはファミリーが
多いマンションか、単身者の多いマンションかによって、自助協助の考え方は変わってくる。
前出の村澤さんいわく、
「防災意識…というか、コミュニティづくりがしっかりしているのは、
何十年も同じマンションに住み続けている高齢者、という傾向がある。
年月を掛けてご近所付き合いをしてきたから。コミュニティが功を奏している事例としては、
高齢者の多く住むマンションのほうが多いです」
反対に、若い一人暮らしの居住者ほど、体力はあるし、大丈夫だろうと考える人が多いという。
若い単身者にも、決して油断せず防災に対する意識を高めてほしいと、注意を呼びかける。
まちみらい千代田が取り組む
マンションへの支援
まちみらい千代田では、マンションという特質上、考えられる災害時に備えた支援を行っている。
2014年6月には、マンションに関する総合窓口を設置し、さまざまな問い合わせを集約。
区が対応する領域なら区へ渡し、まちみらい千代田で相談に応じられれば対応。
防災に関するマンション支援として、
・防災計画策定支援(マンションの防災計画策定を予定している管理組合に対し、相談受付やマンション防災アドバイザーの派遣などを行う)
・エレベーター非常用備蓄キャビネット設置
・AED貸与
・備蓄物資購入費助成
・マンションカフェの実施
などがある。
マンションカフェでは、マンション居住者を招き、マンションに住みながら
どういった悩みを持つのか、居住者同士による話し合いの場として機能している。
そのほか、管理組合支援、マンション内コミュニティー構築支援、情報発信など、
防災に関すること以外にも、まちみらい千代田はさまざまなマンション支援を行っている。
7つの「知る」で震災対策
「大ナマズにご用心!」
2015年、マンションの防災対策の一環として、まちみらい千代田が取り組んできたこと。
それが、千代田区のマンション居住者に向けて震災対策を呼びかける冊子作りだった。
どこの市区町村でも自治体が発行している震災対策の冊子。
しかし、それらとは一線を画す内容にしようと、奮闘してきた。
5月上旬に配付開始予定の冊子「大ナマズにご用心!」は、備蓄しておいたほうがいいもの、
避難時の心得などのほか、マンションならではの自宅滞留対策や防災対策、
ひいては千代田区という地域について、7つの「知る」をテーマに構成されている。
千代田区のマンションに住む住民に向けた防災、と特化した内容であるのが特徴だ。
「江戸時代にはナマズが地震を起こすっていわれてましてね」風間氏がいうとおり、
挿絵には江戸時代に流行した鯰絵(安政の大地震の後、身を守るまじないとして出版された)が使われ、見応えも十分。
この冊子は、主にまちみらい千代田窓口で無料で配布されるほか、
千代田区内マンションへの新規転入者向け資料一式に同封される予定である。
「こういうものを通じて、千代田区に居住することの魅力を広めていきたい」風間氏は語る。