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カンダデザイン主宰 立山西平さんの物語り

01

根っからの神田好きが
愛する地元の仕事

立山さんは、神田祭で神輿を担いできた神田生まれの神田育ち。
デザイン会社に勤めていたが、1990年代後半、
業界に急速なデジタル化の波がやってきたのを機に独立した。事業名はカンダデザイン。
これについては「シャレみたいな気持ちで決めた」と笑う。
デジタルデザインを勉強して、チラシやカレンダー、カタログと多種多様な印刷物のデザインを始めた。

その立山さんが神田のことを調べ始めたのは昭和52年(1977)のこと。
町内の神輿が作り直されることになったとき、
立山さんは「神田祭で町内の神輿を担いできたけど、神輿のこと、
神田祭のこと、何より神田という町の
歴史や文化のことを本当はよく知らないな」と感じた。

「神田・日本橋は江戸の始まりといえるところでしょ。
調べようと思ったら、いくらでも資料があるんだよね」。
調べれば調べるほど、神田のことが好きになった。

平成10年(1998)、氏神様である神田明神の
リーフレットやポスター制作の仕事を受注した。
「仕事の声がかかった時は、そりゃ光栄でね。すごく嬉しかったですよ」。
平成19、21、23、25年(2007、2009、2011、2013)と、
神田明神が執り行う2年に一度の神田祭の公式ガイドブックも制作することになる。

02

調べるほど魅力発掘
『月刊神田画報』が生まれた理由

地元のことを知ると、人はもっと自分の住んでいる地域を好きになるものだ。
そう実感した立山さんは、デザインや印刷物の制作という自分の得意分野を活かして、
地元のことを広く知ってもらう手段はないかと考えた。

そしてスポンサーを募り、平成20年(2008)に『月刊神田画報』を発行した。
『月刊神田画報』は平成28年(2016)4月に第100号を発行した町の情報誌。
イベントや、区の魅力的な人、
場所を教えてくれるカラー4ページのフリーペーパーだ。
地域のイベントといった「現在」の情報や歴史の読み物コラムで
神田の町に親近感を持ってもらえるようになっている。

「神田は魅力ある町。掲載する記事のネタに困ることがないよ」。
立山さんは、平成19年(2007)12月の創刊準備号から
一号も欠かさずに発信している。

03

地元の魅力伝える思いが
まちづくりへつながる

千代田区では、まちみらい千代田による「千代田まちづくりサポート」という助成制度がある。
制度は、千代田を魅力的なまちにするための市民レベルでのまちづくり活動をサポートするもの。

もともと神田が取り上げられている新聞を切り抜いたり、
神田について書かれた書籍を読んだりしていた立山さんは、制度の存在を知り、
蓄積した知識や資料を掲示用のパネルにまとめることを思いつく。
デザインという得意分野を活かしてパネルを作り、
地元の小中学校などに掲示することで、
将来のまちづくりを担う子供たちに自分が生まれ育った故郷
「神田」の歴史をわかりやすく理解してもらうことができるのではないかと考え、
平成11年(1999)の第2回「千代田まちづくりサポート」に応募。サポート対象団体となった。
パネル制作・掲示にあたっては、費用面だけでなく、
企画立案から学校側との調整までいろいろと相談することもできた。

立山さんが、神田の成り立ちなど情報を詰め込んだパネルは5枚組のものになり、
神田明神や地域の小中学校のほか、企業、商店、銀行などに掲げられ、
立山さん自身が直接説明をする機会も持つようになった。

このことが、神田を愛している立山さんには思いがけないうれしい出来事につながる。
パネルの掲示や説明を通じて、まちづくりへの取り組みに関心のある人と知り合い、
神田のまちを歩きながら案内してほしいと頼まれたのだ。
こうして「神田町歩き」が始まった。町歩きでは、参加者を募り、
神田地域に残る歴史の面影を辿りながら、立山さんが名所を紹介していく。

「江戸の町は火事が多かったし、
関東大震災や第二次世界大戦の東京大空襲で焼けてしまったものが多いよね。
でも、昔の写真だけでなく浮世絵や錦絵に描かれた場面が、跡として残っているんだよ」。
その魅力を鮮明に肌で感じてもらえるのがいい。

「町歩きをして、参加した皆さんが
『へえ、そうなんだね』『びっくりするね』なんて言われると、
少しは地域のことを知ってもらえたかなと思いますよ」と顔をほころばせる。
中には繰り返し参加する人もいるそうだ。

04

結果につなげるための
実績を残せるサポート体制

「千代田まちづくりサポート」は、助成の対象団体を決める審査会や中間報告、一年間の活動の成果発表会を、
応募者はもちろん一般にも公開する。みんなが納得して助成を受けられるようにしたいという意図だ。

毎回の審査会、中間報告や成果発表会などに欠かさず参加している立山さんは
平成22年(2010)、パネルの掲示をきっかけに始まった神田の町歩きを冊子にしようと
『江戸下町神田町歩き』を企画し、千代田まちづくりサポートに、2度目の応募をした。

神田・日本橋エリアには、歴史につながりの深いポイントがいくつもある。
その道順を、水上コースも含めて8コース紹介する企画が通り、助成を受けられることになった。
長い年月をかけて調べた情報はもちろんのこと、立山さんならではの視点がギュッと詰めこまれた1冊に仕上がった。

『江戸下町神田町歩き』を読んでいると、立山さんにガイドしてもらっているかのように、
名所旧跡のいわれや歴史を味わえる。これまで続けてきた町歩きの経験が生きているからだろう。
知識が広い立山さんの語り口は、さまざまな視点が盛り込まれていて、
江戸・神田に結びつく日本各地の歴史や言い伝えまでも知ることができる。
一度訪れたことのある場所も「これを読んでからまた行きたい」と思ってしまう。

この結果、立山さんは「千代田まちづくりサポート大賞」を受賞した。
大賞は、一年間の活動を報告する成果発表会の中で、
その年もっとも精力的に活動した団体が審査員・助成対象団体の投票により選ばれるもの。
同じようにサポートを受けながら、がんばるほかの団体からも立山さんの活動が認められたのだ。

しかし、それでもまだ立山さんは満足しなかった。
「続編も作りたいと翌年また応募して…。
審査会委員に『本当に2冊目も必要なんですか』と言われましたよ」と笑う。

神田の魅力は語り尽くせないほど残っていると感じていた立山さんの熱意が通じ、
『続 江戸下町神田町歩き』 が完成した。1冊だけでは盛込みきれなかった、
神田の魅力を堪能できる新たな7コースを紹介することができた。

05

さらに広がる
地域を思う人たちとのつながり

『江戸下町神田町歩き』とその続編は、
テレビ番組などいくつかのメディアに取り上げられた。
これがきっかけで町歩きの活動がますます広がる。

神田町歩きは、SNSなどで情報発信して2か月に1度実施していたが、
次第に企業や団体などによる依頼でガイドすることが増えていった。
地元のホテルから依頼された町歩きは、
1か月に1度の定期イベントとして行うことになった。

それだけではない。NPO法人などの依頼で、ゴミ拾いしながらの町案内や、
車椅子の人たちと共に、車椅子が通りやすい道と通りにくい道、
まったく通れない場所を見つける活動も行った。
「いろいろ体験させてもらっていますねぇ」。
歴史の書物や資料を読むだけではなかなか広がらない人と人とのつながりが、
また神田の魅力をひも解く新しい発見を生み、そして神田を知ってもらう取り組みにつながっていく。
「地元のことをやっていると、自然と地域につながっていくんですよ」。

06

継続したからできたこと
実感あるから、今後も変わらず

ここにまでつながったのは、パネル作りで終わらなかったからかもしれない。
立山さん自身「継続していくのは大事」と話す。
第100号の「月刊神田画報」がことさら輝いて見える。

立山さんは、「この町が好きなんだよね」と嬉しそうに語る。
「正月やお盆に帰省するところはないけれど、
それにも勝る『ふるさと』という感じがここにある」と地元愛の強さを表現する。
そんな神田への愛情がひときわ強い立山さんだから、
「月刊神田画報」、町歩きガイド、「江戸下町神田町歩き」…
神田を紹介することを楽しみながら続けてこられた。
これからの目標はと尋ねると、
「目標ってわけじゃないけど、継続だよね」。
立山さんは、さらりと答えた。

(プロフィール)
立山西平(たてやまにしへい)
カンダデザイン主宰。
神田での地域活動(『月刊神田画報』発行、「神田町歩き」など)において
多町青物市場時代の祖父の市場茶屋の屋号「西平」を名乗る。
「神田祭公式ガイドブック」のデザイン・制作を手がける。
平成19年(2007)より地域情報誌『月刊神田画報』を発行。
著書には『江戸下町神田町歩き』『続 江戸下町神田町歩き』がある。
「千代田まちづくりサポート」第2回、第11回、第12回に応募して助成を受け、
第11回では大賞に選ばれた。

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