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谷 眞理子さんの物語り

01

静かな日常に鳴り響いた一発の銃声

「こども110番の家」は、子どもが犯罪被害にあいそうになったとき、緊急に駆け込んで助けを求められる場所を設置し、地域全体で子どもの安全を守ろうという活動。

行政や自治体中心で「こども110番の家」の設置が勧められ、各地で独自の展開がなされている。

千代田区では、区内の8つの小学校のPTAと保護者が主体となり、2001(平成13)年に「千代田区こども110番連絡会」が結成された。

この活動は、麹町小学校PTA保護者が立ち上げた「こども110番プロジェクト」がきっかけとなって始まっている。

「2000(平成12)年8月初旬に、私の子どもが通っていた麹町小学校付近で発砲事件が起きたんです」

千代田区青少年委員会で顧問を務めている谷眞理子さんは、当時の緊迫した状況を話してくれた。

麹町のオフィス内で暴力団が銃を発砲。複数の死傷者が出た。

「このとき、麹町小学校は校舎を建て替え中で、子どもたちは旧永田小学校の仮校舎に通っていました。事件が発生した場所は、麹町小学校から旧永田小学校に向かう道の途中にありました」

谷さんのお子さんは、発砲事件のあった年、麹町小学校に入学したばかり。

小学校で始めて迎える夏休み。楽しく過ごし、思い出をたくさん作って欲しいと願っていた。

事件や事故に巻き込まれることなく、無事に過ごしてほしい──。

保護者は誰もが、子どもたちの安全を願っている。

子どもたちを危険から守るためにはどうしたらいいのか。

身近で起こった恐ろしい事件に、恐怖と不安を抱えながらも、親たちは子どもを守るために立ち上がった。

「保護者で自衛団を発足しようという発案が、麹町小学校のPTA定例運営委員会になされたのです」

人任せではなく、保護者自身で子どもたちを守るため麹町小学校の保護者は一致団結する。

02

子どもたちに、何も起こらない状況を維持し続ける

保護者からの要望を受け、麹町小学校PTA委員会はすぐに「こども110番」運動の導入を決定した。

発砲事件発生翌9月に「こども110番」導入開始に向けてプロジェクトチームを結成。

「子どもたちにすぐ危機を知らせ緊急発信をしなければいけない。そのためのシステムを早く作ろうと保護者が一致団結したのです。私も『こども110番プロジェクト』にスタッフの一員として参加しました」

他の区の状況を調べたり、先輩PTAから経験談を聞いたり「こども110番」をスタートさせる前に、情報を集めたと谷さんは言う。

当時、都心部ではすでに「こども110番」運動がスタートしていたが、ほとんどは行政主導の運営で、PTA保護者の関わり方は不透明だった。

他人任せで本当にこどもを守れるのだろうか?

一時的なものではなく、活動を継続していけるのだろうか?

「こども110番」運動の現状を知り、保護者の間で疑問が湧き上がった。

地域全体で子どもを守るためには、PTA保護者が主体的に運営しなければいけない。

議論を重ねた結果、麹町小学校PTA運営委員会は「こども110番」の運動を活かし継続するためには、保護者主体で運営しようと衆議一決した。

「こども110番プロジェクト」のスタッフは、地域の代表者や関連諸官庁に呼びかけ、住宅や企業、商店の協力を得て110番の家を増やしていく。

麹町小学校以外の千代田区の小学校にも働きかけた結果、2001(平成13)年に区内8つの小学校のPTAと保護者、地域の協力者からなる「千代田区こども110番連絡会」が発足した。

麹町小学校での「こども110番プロジェクト」発足をきっかけに、千代田区全体で「こども110番の家」活動が展開されるようになり、保護者や地域の人たちに「こども110番の家」の認識が深まっていったのが嬉しかったと谷さんは笑う。

「子どもたちに何も起こらないことが一番大切です。そのためには「こども110番の家」活動の継続と、活動の強化が必要だと感じました。情報化社会になったことで世の中の状況がめまぐるしく変わり、犯罪の内容も日々変化しています。見守り活動も変化に対応していかなければいけません」

03

ITを通じてこどもを守る「電脳まちづくり」プロジェクト

千代田区は官公庁や国会議事堂、丸の内や大手町のオフィス街が立ち並び、多くの人で賑わう一方、住居を構えている人は少なく、昼間と夜の人口が大きく異なっている。

100万人近い昼間人口と、少ない居住区民。

子どもたちは、見知らぬ人々の海の中で日常生活を送っているのだ。

「居住区民が少ないということは、子どもたちを見守る視線も少ないということです。希薄な見守る目を太く確実なものにするためには、危険な情報をすばやく発信受信しなければいけません。そのために「こども110番」活動のIT化を図ろうということになりました」

「千代田区こども110番連絡会」に参加していた保護者内の数名で、危険情報をすばやく伝え、被害の発生を未然に防ぐ目的で、情報ネットワークを構築しようということになった。

「それまでは、メール配信システムなど、保護者がボランティアでシステムを構築していました。さらなるシステム構築と強化を目的に、千代田区こども110番連絡会の認証を受け「こどもを守る電脳街づくり」プロジェクトとして「千代田まちづくりサポート」にエントリーしたのです」

「千代田まちづくりサポート」とは、自主的なまちづくり活動を行う団体に対し、まちみらい千代田が活動費の一部を助成する仕組みのこと。
助成を受けられるかどうかは、公の場でまちづくり活動についてのプレゼンを行った上、外部有識者らによる審査で決まる。

「こどもを守る電脳街づくり」プロジェクトは、千代田まちづくりサポートの承認を得て、2003(平成15)年から本格的に活動をスタートする。

保護者にITへの関心を持ってもらうように、講習会や講演会を開催。

プロジェクトの継続的な運営ができるように、初心者向けの説明会やインストラクター養成講座なども行った。

父母や学校関係者だけではなく、行政や警察署とも連携が図れるように、ハード面の整備も整えたという。

「子どもたちのほうが情報社会に対応するのが早く、親の方が一歩も二歩も遅れていました。リアルな社会だけではなく、デジタルの電脳空間でも子どもを守らなければいけない。そのためには、親も情報化に対応しなければいけません」

プロジェクト開始時は、ばらつきがあったけれど、活動二年目には体勢が整い、子どもを見守る人たちが情報を共有し合えるようになった。

「千代田まちづくりサポート」における「こどもをまもる電脳まちづくり」は三年にわたり活動を継続。

ITの便利さと危うさを保護者に伝えながら「こどもたちに何も起こらない状況」を維持することに貢献した。

「こども110番の家」プロジェクト立ち上げから麹町小学校PTA活動に参加した谷さんは、お子さんが麹町小学校を卒業する2005(平成17)年の麹町小学校PTA会長を務めた。

麹町小学校PTA会長の役を終えたとき、谷さんは「私のPTA活動は110番に始まり、110番で終わろうとしている」と語り、次の役員にバトンタッチした。

谷さんたち立ち上げメンバーの「他人任せではなく保護者主体で動かなければいけない」という思いが「こども110番」の継続に現在も息づいている。

04

千代田区に住んでいる人を知ることが大切

保護者として「こども110番の家」「こどもをまもる電脳まちづくり」の活動を続けてきた谷さんは「千代田まちづくりサポート」の審査会委員としても活動した経験がある。

「まちサポの審査員になったのは、神田学会で「こども110番の家」活動を発表したことがきっかけです」

神田学会は神田の歴史やまちづくりなどについて学び合う会で、神田にゆかりのある人や神田に興味を持った人の交流の場となっている。

神田学会で出会った人との縁が、谷さんの活動範囲を麹町小学校PTAから千代田区全体へと広げていったという。

「神田学会に参加したことで、他の場所で出会わなかったであろう人とのご縁もいただきました。」

年齢も性別も、仕事も全く異なるけれど、千代田の街を良くしたいという思いは同じ。

みんなで意見を出し合い、目標を実現するために協力し合った。

千代田区は昼間オフィスで働く人は多いけれど、居住している人は少ない。

子どもだけではなく、千代田区に住んでいる人たち誰もが「見知らぬ人々の海」の中で生活している。

「千代田区は『働く街』で『住まう街』ではないと思われていますが、それは人との繋がりが見えにくい、見えていないからかもしれませんね」

人と接する機会を得れば、街の本当の姿が見えてくる。

仲間を増やすことが、まちづくりには重要と谷さんは言う。

「まちづくりをする中で大切なのが、人と人との繋がり。まちづくりのアイディアがあり、エントリーを考えている方には、一緒に活動してくれる仲間をたくさん作ることからはじめてみてくださいとお伝えしています」

千代田まちづくりサポートにエントリーする企画も「身近なものであってほしい」と谷さんは訴える。

居住区民が少ないこともあり、千代田区は、まちの顔が見えにくくなっている。

住んでいる人が困っていることはなにか、本当に求めているものはなにか、生活が第一にあり、そこからまちを作っていかなければいけない。

地域があるからこそ、街は成り立つ。

「まちサポにエントリーする企画は、地域に根ざしたこと、生活に根ざしたことが良いと思います。そのほうが、やっている側も楽しいのではないでしょうか」

企業的であったり、商売的であったりするものは、楽しめない。

楽しくないと続けられない! それが谷さんのモットーだ。

「まちづくりは楽しんでやることが一番。無理にやってはいけない。掘り下げてなんて考えないで、楽しみながらやれば続けられる。だから、楽しむ方向を考えながらやったらどうかな?と思います」

05

未来の千代田区をつくる子どもたちと一緒に活動を続ける

2016年春、谷さんは7年間務めた「千代田まちづくりサポート」の審査員を退任した。

そして、同年秋に麹町小学校の子どもたちと一緒にまちづくりを考え「千代田まちづくりサポート」にエントリーする。

「子どもたちは、まちづくりについてどんな考えを持っているのか意見をまとめてみようと思ったんです。未来の街の担い手である子どもたちと一緒に、純粋なまちづくりを考えなければいけないと考えました」

谷さんは、麹町小学校で地域で活動する大学生と共に『ワーク・わく・クラブ』というワークショップを開催している。

まちづくりに興味がある子どもたちを募集し、大学生リーダーと一緒に地域を探検。まちを調査した結果をまとめ、さらにまちを素敵にするための提案を考え発表してもらう試みだ。

「子どもたちからの提案を大学生リーダーがブラッシュアップして「まちづくりイベント」を開催します。その活動名を『私たちの麹町!!劇的ビフォーアフター』として、まちサポにエントリーしました」

自身が開催しているお絵かき教室で教えた子どもたちや『千代田区こども110番連絡会』のとき小学校に通っていた地域の子どもたちが成長して大人になる姿を谷さんは静かに見守ってきた。

見守る側も見守られる側も、千代田区に住まう人々である。

まちづくりは、まちで暮らす人たちの輪ができて、心が通うことが一番大切というのが谷さんの意見。

子どもだから大人だから、住んでいる町が違うからと、見えない枠を設けるのではなく、みんなで一緒に考えることで、良いアイディアが生まれ、素敵な街になっていく。 「この街がすきだから、この街にずっと住み続けたい」 谷さんだけではなく、千代田区で過ごす人みんなが、千代田区を思う気持ちがもっと高まれば、千代田区は老若男女だれでもが集う、もっともっと素敵なまちになることだろう。

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